[表紙の図の説明]

Toll-like receptor (TLR)は、大きなファミリーを形成している。各TLRはそれぞれ特異的に病原体の構成成分を認識する。これまでにTLR4がグラム陰性菌の主要構成成分であるLPS、TLR2がグラム陽性菌に多く存在するpeptidoglycanや種々の病原体のリポタンパク質、TLR5が鞭毛タンパク質であるflagellin、TLR9がbacterial DNAを認識することが明らかになっている。またTLR6はTLR2と会合することによりマイコプラズマのリポタンパク質を識別する。TLRにより病原体の侵入を察知すると、MyD88を介したシグナルが活性化され、自然免疫系の活性化が誘導される。(竹田潔氏提供)


目  次

 

スモールサイエンスの重要性 平野俊夫

「研究紹介」竹田和由

「海釣り公園にて -2001年5月6日-」福井宣規

「T細胞からリンパ球へ」鈴木春巳

「年を経て」竹森利忠

「リンパ球や樹状細胞の移動と局在を制御する」義江 修

「AID と複雑系」木下和生

「臨床教室の片隅にて」塚田 聡

「研究概要と近況報告」阪口薫雄

「女性研究者をとりまく環境の日米比較雑感」渋谷和子

「ホライズン遺伝学」小野栄夫


スモールサイエンスの重要性

領域代表 平野俊夫

時代は21世紀へとゆっくりと確実に歩み始めました。世の中は、“聖域なき構造改革”なる掛け声と共に、日本の閉塞感が打破されるのではないかという期待感にあふれているようです。

ニュースレター3号でも述べましたが、ポストゲノム時代を迎えて、いよいよ高次複雑系である免疫システムの生体における情報システムの統合化とその制御の機構の包括的な解明が求められる時代に突入しようとしています。そして、この成果に基づき、自己免疫疾患やアレルギー疾患の原因究明と、その治療法の確立や、感染症や癌に対する有効な免疫療法の開発や拒絶反応の人為的制御の確立など、免疫理論の医療への応用が可能となります。

L. HoodがNature Immunologyの5月号でも論じているように、“ポストゲノム時代の免疫学はいかにあるべきか?”いわゆるビックサイエンス、組織的な科学が幅をきかす時代に、今までのアカデミックな作業仮説に基づいてなされてきた生物学はどうなるのか? 21世紀の生物学では、どのようにすればビックサイエンスと大学の研究室指導のアカデミックサイエンスが融合しうるか? それぞれが、それぞれの長所と短所、御互いが内包している相反する矛盾点を打破して、融合がなしうるであろうか? 21世紀は、この融合なくして生物学の進歩はないであろうし、免疫学は、おそらく21世紀型のシステム生物学を進める上で、もっとも有利な位置にあるであろうと論じている。

確かにゲノムプロジェクトは、膨大な情報を生物学、免疫学にもたらしてくれたことは、紛れもない事実である。そして、国家プロジェクト、あるいは国際共同プロジェクトとして膨大な研究費が投入されたことも事実である。しかし、私たちは、この膨大な情報を生物学、免疫学にインプットして、高次複雑系免疫システムを、即、組み立てられるかといえば、答えはノーである。私たちはこのゲノム情報を生物反応に翻訳する方法を知らない。だからこそ世の中は“ポストゲノム時代”に、いかに対応すべきかと大騒ぎである。こんな時代だからこそ、作業仮説に基づいたアカデミックラボにおけるスモールサイエンスの重要性がますます高まることは間違いないことだと思える。問題は、今の日本の大学や研究所の研究室の組織の硬直性を、国のレベルでいかに柔軟なものに正し、そして、いかにして、ビックサイエンスとスモールサイエンスの真の統合を行うかであろう。

本特定領域研究は、いよいよ2年目に入り、計画の段階から、研究成果が求められる段階へと入りつつあります。本特定領域研究を介して各研究グループの相互理解と共同研究が少しでも進展し、さらにはスモールサイエンスとビックサイエンスの橋渡しが出来ればと願っています。そして21世紀の免疫学は勿論のこと、生物学全体にインパクトを与えることができればと考えています。皆様方の更なる御健闘を期待しています。

平成13年6月


研究紹介

順天堂大学医学部免疫学

竹田和由

今回、「免疫シグナル伝達」公募研究に採用して頂きまして大変感謝しております。採用にあたり、「研究紹介・研究ポリシーの原稿を」ということですので、今回採用頂いた私のテーマ「NKT細胞による免疫系制御システムの解析」の研究の発端について紹介させて頂きます。

私とNKT細胞との出会いは、大学院当時に研究を行っていた東北大学歯学部口腔細菌学の熊谷勝男教授の下に舞いこんだ手紙にさかのぼります。大学院終了後、本来の口腔外科に戻り臨床の道を進むのかと思っていたやさきに、給料付きの留学という甘い言葉に誘われLos Angelesへ行くこととあいなりました。急性の骨髄拒絶におけるNK細胞の機能調節の解析は、現在盛んに研究されているNK細胞レセプターの研究につながることはご存じのことと思います。留学先のDr. Dennertのラボでは、この急性骨髄拒絶にNK1.1陽性T細胞(当時そこではTNK cellと呼んでいました)も関与することを示しており、このNK1.1陽性T細胞の他の機能を探るのが私の研究テーマとなりました。そして、自己免疫疾患への関与と、NKT細胞がNK1.1の様なNK細胞レセプターとT細胞レセプターのいずれでもtargetを認識することができること等を報告しました。これらの論文をpublishする過程で、refereeから常に返されたコメントはstainingのmethodsに関するもので、近年のNKT細胞ブームからすると想像もできないことですが、すなわちNK細胞レセプターとT細胞レセプターを同時に出す細胞など存在するはずが無くnon-specific stainingであろう、というものでした。帰国後、一旦は口腔外科に戻ったのですが、基礎研究の生活が忘れられず、当時流行していたIL-12の研究に加わり、IL-12によりNK細胞よりもNKT細胞の活性化が強く起こることを見いだしました。しかし、ほぼ時を同じくして、アメリカではT細胞レセプター刺激でIL-4を分泌するTh2誘導に重要な細胞としてNKT細胞が報告され、またしても怪しい結果を出す奴と思われている様なrevise commentを頂戴することとなりました。これらはまだ10年も経っていない話なのですから、研究の進歩というのはすさまじいもので本当に隔世の感があります。CD1/a-GalactosylceramideというNKT細胞に特異的なリガンドが見いだされた今日では、NKT細胞の存在やその重要な機能は広く認知され、T細胞やB細胞の活性にも影響を与えうることが示唆されています。そこで、このNKT細胞のIL-4もIFN-gも産製する機能を調整することにより、生体の免疫反応の方向付けを行う可能性を示すのが今回の研究テーマの最終目標となります。またしても一般の認識を逸脱した結果を示すことになるかもしれませんが、ご理解の程よろしくお願い致します。

この原稿を書くに当たり、あらためて「免疫シグナル伝達」ニュースのNo.2およびNo.3の諸先生方の研究紹介を読み、どの先生も自分の研究内容や研究ポリシーについて良くお考えになり、さらには生命科学全般にまで思いをはせられていることに感心致しました。行き当たりばったりで、出てきた結果主義の研究を続けてきた私には深く反省させられることしきりであります。今後、「免疫シグナル伝達」に参加されている多くの先生方に学び、新しい考え方を吸収して、免疫および生命科学の理解を深めて行きたいと考えております。班員の皆様からの厳しくも有用なご助言・ご批判をよろしくお願いいたします。


海釣り公園にて -2001年5月6日-

九州大学生体防御医学研究所

福井 宣規

 最近子供に請われて釣りに出る。といっても、これまでの釣果は、小アジ、小サバにカワハギ一尾程度なので、その力量たるや推して知るべしである。ただ、日頃研究室に引きこもっているので、潮風に吹かれるだけで心地よい。その道の人にいわせると、潮の流れはもちろん、柵の高低、うき、おもり、針に至るまでねらう獲物に応じて周到な準備が必要なようだ。この点でも私はアングラー失格である。

 ただこう考えて見ると、釣りは研究と相通じるものがあるかもしれない。研究をはじめるに際して、必ず何かを明らかにしたいという目的(獲物)があるはずだ。その目的に応じて、各研究者が独自の仕掛けを用意して、獲物がかかるのを待つ。この仕掛けを用意する段階が一番大変であるが、自分が狙ったとおりの獲物をつりあげた時の快感は格別である。また、この仕掛けが有効であることが広く知られるようになれば、他の研究者はその仕掛けを基に独自の改良を加えて新たな獲物を求めることになる。時には、この仕掛けに考えてもいなかったような獲物がかかることもあろう。

 私が内科での臨床研修を終えて大学院を志したのは、生命現象の神秘そのものにふれてみたい欲求からだったと思う。この思いは今も変わっていない。むしろ、生命現象の理解なくして病気の治療もあるまいと考えている。大学院生にも折に触れ、そういう(説教じみた)話しをするが、なかなか彼らには理解してもらえていないようだ。

 私が大学院生のころ取り組んだテーマはHLAの機能をトランスジェニックマウスを樹立し、解析するというものであった。たまたま導入遺伝子がX染色体に挿入され、ヘテロ接合体雌においては、Lyonizationの結果、HLA分子の発現が個体個体で異なり、その結果T細胞レパートリーが影響されることを見出した。当時、TCRトランスジェニックマウスやスーパー抗原を用いて正と負の選択がやっと'visualize'されるようになった頃であり、私にとって当時この相反する選択はまさに生命現象の神秘のようにに思われた。スタンフォード大学留学時代は、胸腺で死滅するであろうMHC/自己抗原ペプチド複合体特異的high affinity TCRの単離同定を、soluble dimeric MHC-ペプチド複合体を用いて試みた。今でこそsoluble multivalent MHC/ペプチド複合体を用いて、抗原特異的TCRを同定するというアプローチが一般的なものとなったが、当時としては全く新しい試みであった。しかしながら、このsoluble dimeric MHC-ペプチド複合体は特定のTCRに対して確かに遅いoff rateを示したが、その効果は現在既に臨床研究にも応用されているsoluble tetrameric MHC-ペプチド複合体に比べて数段見劣りするものであった。ただ、この研究のプロセスは、生命現象を分子ー分子相互作用の観点から理解するという姿勢を私に教えてくれたという点で大変意義深いものであったと考えている。この経験を基に帰国後T細胞レパートリー形成を分子レベルで解析すべく、単一MHC/ペプチド複合体を発現したマウスの樹立を試みた。この間、欧米の研究者と糸が絡み合い苦労もしたが、何とか数匹の獲物を釣り上げることが出来た。おそらく、この分野における最大の疑問は正の選択の生物学的意義とは何かという点であろう。この点を明らかにすべく大きな仕掛けを準備している。

 一方、この仕掛けを準備している最中に、置き竿に大きな当たりがあった。最初は根がかり(針が藻や石などに絡まること)かと思ったが、そうじゃない。リールを少し巻いてみると、どうも‘細胞骨格制御分子’のようだ。「昔、細胞骨格はすべてを制御する?’という特集号があったよな。もしかすると、とっても大切な分子かも」とひとりぶつぶつ言いながら慎重に引き上げてみるとかなりの大物である。急いで魚拓をとって競技委員長の方へ提出すると、もう少し情報を加えて5月30日までに再提出せよとのこと。現在きれいな魚拓をとるのに苦闘している最中である。

 3年ぶりの特定領域研究の参加となりますが、今回、この新しく釣り上げた獲物を解析していきたいと考えています。特定領域研究の良さは、班会議等を介して第一線の先生方から忌憚のないご意見を頂けるのはもとより、色々な諸先生方と交流をもつことで、その後の共同研究をはじめ、自分の世界を広げることができる点にあると思います。微力ながらこの2年間班の発展に貢献できるよう努力致す所存です。何卒ご指導の程宜しくお願い致します。


T細胞からリンパ球へ

山口大学医学部微生物

鈴木春巳

今回ニュースレターに原稿を書かせて頂く機会を得ましたので、自己紹介もかねて私の研究履歴や考えていることなどについて書いてみたいと思います。

私と免疫学との出会いは三菱化成生命研の篠原信賢先生(現北里大教授)の教室を訪ねたことから始まります。免疫学とは関係のない研究室で学位を取った私は、留学先を紹介して頂く目的で篠原先生を訪れたのですが、T細胞の面白さを熱く語る先生の話についつい引き込まれてしまい、そのまま生命研でポスドクとして免疫学の研究を始めることになりました。ちょうどvon Boehmer やDennis Loh達のTCRトランスジェニックマウスが世に出た頃であり、それまで概念的でしかなかったポジティブ、ネガティブセレクションがようやく分子生物学的に語られるようになった、まさにT細胞分化の幕開けといった時代でした。免疫学の右も左もわからなかった私は、どうせやるなら派手なことをやりたい、という若者特有の野心からT細胞分化の研究をすることに決めたのでした。実際、T細胞の分化はとても面白く、勉強すればするほど胸腺の不思議さにのめり込んでゆきました。まだアフィニティー(アビディティー)モデルが実験的に証明されていない頃でもあり、私自身は胸腺上皮細胞にポジティブセレクション用に特化した特殊な構造のMHC(あるいはペプチド)が存在するというモデルのほうが適当だと考えていました。ああでもない、こうでもないと自分なりの稚拙な改変モデルを考えては、何とかそのモデルを証明する実験が出来ないかどうか夢想にふけっていた楽しい頃でした。免疫学の面白さは篠原先生から学んだといっても過言ではなく、先生にはとても感謝しています。

その後、NIHのAl Singer研究室へポスドクとして留学し、T細胞分化についてさらに研究を進めていきました。独自にcoreceptor reexpression assayという方法を開発して、CD4+CD8loという細胞集団のなかにCD4へコミットした細胞だけではなくCD8へコミットした細胞も含まれるという意外な事実を明らかにしました。このアッセイ法は胸腺細胞をプロナーゼで処理して細胞表面に存在するCD4・8を除去しておき、in vitroで培養してCD4・8を再発現させることによりそれぞれの細胞のコミットメントの状態を細胞レベルで検定するというものです。とりたてて目新しい試薬や原理を用いたわけではなく、既存のテクニックを組み合わせてうまく利用しただけにすぎませんが、誰にでも簡単に手に入るような材料、装置を使ってちょっとした工夫で新しいことを見つけるというのはcoolなことだと思って自分としては満足しています。もちろんこの程度の小さなアイディアは巷で話題の「独創性」の範疇には入らないでしょうが、ほんの小さな工夫、遊び心や注意深い観察力から大きな発見が導かれることがあるというのは事実だと思います。以前、クリプトパッチを見つけた慶応の石川博通先生から「金脈は一生懸命探し回らないと見つからないというものではなく、みんなの真下にいつも存在している。ただ、掘り方がわからないだけだ。」というような意味のこと言われた記憶がありますが、流行の最先端をいく技術や遺伝子、ノックアウトマウス等を扱わずとも、どこにでも転がっているような材料を用いてもアイディアひとつで良い研究は出来るものだと思います。

その後、アメリカから慶応大学医学部の小安研究室へと移り、引き続きT細胞分化の研究を続けていたのですが、たまたまPI3キナーゼのノックアウトマウスの解析を行うことになってT細胞に何かdefectはないかと調べてみたところ、T細胞ではなくB細胞に重大な異常があることがわかりました。私は免疫を始めて以来、T細胞ひとすじでやってきましたので正直言ってB細胞に関する研究を進めていくことに多少の戸惑いはありました。自分の中でもサブプロジェクトとして始めた仕事が大化けしてしまったという感はありますが、細胞内のシグナル伝達系の解析はとてもエキサイティングな分野で、これからもシグナル伝達を中心とした研究を展開していきたいと思っています。

T細胞研究者はなにかとB細胞を軽視(敵視?)する傾向があって、実際、私が昨年NIHでB細胞の分化、シグナル伝達に関する仕事についてセミナーをしたときも、Singer師匠から「いつからおまえはB細胞屋になったんだ」などと冗談半分に言われたりしたものです。しかし、T細胞とB細胞はとても似ており(同じリンパ球なのだから当然といえば当然ですが)、歴史的に見てもお互いがお互いから学んできたことはたくさんあります。プレTCR複合体などは明らかにB細胞分化からのアナロジーで見つかってきたものですし、シグナル伝達関連分子等も類似点が非常に多く、B細胞で得られた知識とT細胞で得られた知識を比較検討することはとても重要なことだと思います。私自身もT細胞、B細胞とこだわることなく、「リンパ球」という視点で免疫学をとらえていきたいと思っています。

この5月から山口大学医学部へと移りまして、新規一転してのどかな環境の中でじっくり腰をすえて研究を進めていきたいと考えています。このような活発な研究班に参加させて頂いて大変ありがたく思っており、これからも班員の皆様の活発なディスカッションの対象となるような質の高い話題を提供できるよう頑張っていきたいと思います。


年を経て

国立感染症研究所・免疫部

竹森利忠

結核でBCGを越えるワクチンの開発が必要とされ、種々の試みがなされているが、成功していない。同様に、HIVを始めとする多くの感染症でのワクチン開発も大きく進展せず、現状打破のためには、自然の免疫の模倣を超えたワクチンのデザインが必要であるとの論議も飛び出したりしている。しかし、自然の免疫の模倣を行えるほど、我々は免疫システムを理解しているのであろうか? 

 

(1)例えば、B細胞がどのように抗原で刺激されるか、明確な答はない。体液中に多量に存在する抗原は、脾臓辺縁帯(marginal zone)のマクロファージあるいはDCにトラップされ、B細胞により認識されるであろうと考えられるが、確証はない。T細胞依存性(T-D)抗原に反応したB細胞は、二次リンパ組織B細胞とT細胞領域の境でT細胞により活性化されることが知られているので、辺縁帯でT-D抗原に刺激されたB細胞は、辺縁帯からB領域に移動するはずである。あるいは再び血流に乗り中心細動脈を経てB細胞領域へ到達するのであろうか?あるいは辺縁帯で抗原をトラップしたマクロファージがB領域へ移動し、T-D抗原反応性B細胞を刺激するのであろうか?不明である。

 

生体に侵入する病原体の坑原量は微量で、多量の抗原投与の状況と異なる。病原体侵入局所では、細菌とTLRとの反応、ウイルスと感染細胞との反応、あるいは病原体に対する自然抗体と補体との反応に伴い免疫反応は増幅されるが、そのパターンは侵入局所の組織学的構築や、病原体の種類によって異なる。こうした一般論から、B細胞がどのように病原体あるいは病原体由来の抗原を認識し、免疫反応に組み込まれるか、明確なviewを提示することは現在困難である。

 

(2)B細胞自己免疫寛容について、現在、Goodnow, Weigert, Nemazeeのグループの先駆的な仕事から演繹されたモデルが受け入れられている。骨髄でIgM陽性に分化した自己抗原反応性B細胞が、多価の抗原に反応し強いBCRの架橋が誘導されると、細胞死により除去される。可溶性抗原を含む低い結合価を持つ自己抗原に反応した結果RAGが再発現するとreceptor editingにより自己抗原反応性を消失する。あるいは、低い結合価を持つ自己抗原に反応したB細胞は不応答性に陥り、 2次リンパ組織での瀘胞B細胞への成熟や抗体産生細胞への分化は抑制される。しかし、これらの仮説のよりどころとなる、抗原の性状と細胞の成熟段階に対応するBCRシグナルの差を説明する材料は少なく、種々疑問が残る。

 

一般的に自己免疫寛容は、細胞表面BCRと自己抗原との反応の帰結として捉えられている。私は、加えて、ER内で抗体と抗原が反応することにより、自己免疫寛容が確立される可能性を考える。この環境では、密度の高い自己抗原と抗体との反応が期待され、大部分の自己反応性B細胞は、pre-B細胞からIgM陽性B細胞分化の過程で除去される。BCRはすでにERでIgα/Igβと会合し複合体を形成しているが、その架橋が、はたして、細胞死あるいは不応答性のきっかけとなるか興味ある問題である。余談であるが、20年前、H鎖のみを発現するミエローマの確立が不可能であったことに因を発し、G. Kohlerは、H鎖のみを発現するB細胞ではH鎖が物理的に凝集して細胞死に陥ると考えた (heavy-chain toxicity)。この仮説は、その後、H鎖のみを発現する(と思われた)pre-B細胞の発見で効力を失い忘れられた。

 

(3)B細胞機能発現におけるBCR刺激伝達系の役割は、自己免疫寛容の成立と、長期寿命を持った濾胞B細胞の維持である。また、T細胞依存性抗原刺激でのB細胞の活性に、BCRと共に補助受容体を介した刺激が必要であることは、幾多の実験の蓄積から示唆されている。しかし、B細胞がBCRを介して抗原を取り込み、その後プロセスされた抗原ペプチドがT細胞へ提示され、その結果、T細胞とB細胞間の相互作用が引き起こされるのであるから、BCRと補助受容体による刺激は時間差を有し、共刺激となり難い。抗原と結合したBCRの細胞内取り込みに、IgβITAMのリン酸化が必要とされ、また、BCRの親和性と抗原提示の効率は比例する。では、抗原刺激におけるBCR刺激伝達系の主要な役割は抗原提示にあるのか?あるいは、補助受容体との時間差を保った連係作用が可能で、増殖や成熟のcheck and viewに携わるのか? さもなければ、抗原刺激からT細胞との相互反応が、実は、極めて迅速に処理されるのか?

 

(4)エレガントな実験系で、免疫記憶B細胞が抗原非依存性に維持されることが示唆されたことは記憶に新しい。一方、ワクチン接種者のコホート調査をみると、接種ワクチンに対する記憶は、投予後長期になると著明に縮小する例が認められ、この結果から、免疫記憶維持が抗原依存性であると考える臨床研究者も多い。一次免疫で形成された記憶B細胞は、二次抗原刺激で抗体産生細胞として消費される。しかし、二次抗原刺激であらたに非感作B細胞から記憶B細胞が産生され、同一抗原に対する記憶は、異なった細胞集団により連続的に維持される。頻回のワクチン接種やワクチン接種後の感染において、はたして、記憶B細胞の消費を補うあらたな記憶B細胞の産生が常に保証されるか、臨床的知見からこのような問いも聞こえてくる。

 

新しい物質の発見は、観察から生じた仮説を粉砕し、さらに新しい次元での観察と考察を要求する。我々も新たな視点を求め、B細胞活性から記憶B細胞選択・維持に至るシナリオを明らかにし、持続性と有効性に優れたワクチンの開発に役立てたいと願っている。本研究班に参加して、我々の仕事への批判を仰ぎ、異なった領域で前衛的位置にある研究者の思考と新しいscienceの展開を受け、研学の糧を得ることはラッキーと思っている。


リンパ球や樹状細胞の移動と局在を制御する    

近畿大学医学部細菌学

義江 修

最近のケモカイン研究の勢いにはすさまじいものがある。ちなみにPubMedでケモカインをキイワードに検索してみると、1ヶ月当たり軽く100以上の論文がヒットしてくる。最近特にケモカイン研究がこのように急激な高まり見せて来たのは、1996年あたりからリンパ球や樹状細胞にきわめて選択的に作用するケモカインの一群がぞくぞくと見つかってきたからである。その結果、これまであまりケモカインに注目していなかった免疫分野の研究者がどっとケモカインの研究に入ってきた。すなわち、リンパ球や樹状細胞の体内での移動や局在、リンパ球の機能的サブセットや樹状細胞の分化、また各種の疾患モデルを用いた免疫病態生理、などの研究者が格好の手がかりを見つけた形でこの分野に入りこんできた。そしてこれまでの研究の蓄積の中にケモカインを取り入れることでこの分野の研究を急激に質、量ともに高めたと言える。さらに忘れてはならないのはケモカインレセプターがHIVのコレセプターであることも1995~6年に発見されたことである。それによってHIVの研究者もどっとケモカインの分野に入ってきた。さらに最近ではヘルペスウイルスなどもケモカインやケモカインレセプターをコードすることが見出されている。

研究では新しいコンセプトを出すことが重要である。すでに存在するコンセプトの上塗りやわずかな修正に浮き身をやつす研究も決して無駄ではないかもしれないがあまり面白くない。しかし新しいコンセプトが出せるような研究となると独自のアイデアに基づく実験系の構築や十分な試行錯誤が必要となってくる。ましてただ座して沈思黙考しても複雑な生命現象の実体は見えてこない。一方、他人の論文をくまなく読んでいても多すぎる情報のなかで自分を見失ってしまう。結局、日々営々と実験を組んで、それによってささやかながらも生命現象に向かって独自の問いかけを発し続け、その中から思いがけないヒントを見つけだして来るしかない。ただあまりに競争が激しいと勢いおちおち自然の声に耳を傾けてもいられないと人の尻馬に乗るようなこと浮き身をやつすことになる。なかなか難しいところである。

それにしても生命現象の研究では我々は決してそれほど独創的には振る舞えないように思う。それは自然のささやきにまずは素直に耳を傾ける姿勢が大切だからと思うからである。一方、生命現象はきわめて独創的である。生命はひとつの成功した系から遺伝子の重複と変異という手段により違う状況に適応する系を次々と生み出してきたものと考えられる。その意味で生命は泥縄式でファジーで結果オーライ的であるが、その成果は進化という長い時間スパンの中で、最初からいろいろ想定して仕組んだものよりもむしろきわめて意外で独創的なものになったと言える。同じメロディーの繰り返しであるが、つぎつぎと転調され重層化されて、まさにフーガのようである。それでは生命現象の研究者の独創とはどこにあるだろうか。自然があまりに独創的なのでへたに演繹的に考えるよりも犬棒式に面白いことに当たるのを次々と目指すのもそれなりに有効な手である。ただ実際に重要なヒントを見出したとき、それを素早くとらえて誰よりも速く新しい解釈を行う洞察力は生命現象を研究するうえできわめて重要な資質であり、そのような洞察力は独創性の裏付けなしには生まれないと思われる。

最後にこれからケモカインの分野で何ができるか、何をやるべきか、について私見を述べてみたい。(1)ケモカインの生理的・病的役割について。そもそもケモカインがなぜこれほど注目されるかと言うと、それはさまざまな病的プロセスを説明する可能性が高いからである。しかし、ケモカインはこれほど数が多く、レセプターも多数あるから、他のサイトカインのようにひとつで大きな役割を担っているというより、多数が共同して炎症や免疫の場を形成するために働いていると考えられる。言わばファインチューニングの世界である。そのためひとつのケモカインに注目しても全体像はなかなか捉えられないかもしれないし、そもそも対象がやや小粒である。そのため遺伝子破壊実験はコストパフォーマンスからするとあまり気乗りがしない。実際、ケモカインやケモカインレセプターの遺伝子破壊マウスでは形質異常を捉えるのに苦労している例が多い。一方、急性や慢性の反応では関与するケモカインがそれぞれ何らかのリミッティングファクターとして働いている可能性があり、そのため中和抗体や阻害物質による特定のケモカインの抑制は大きな効果をあげる可能性が高い。我々はすでにマウスのTARC/CCL17に対する中和型単クローン抗体がマウスの劇症肝炎や喘息モデルで劇的な治療効果を発揮することを報告している。そのため他のマウスケモカインについても中和型単クローン抗体の作製を進めている。(2)ケモカインの発現調節。ケモカインはさまざまな細胞種から作られてくる。特に免疫系のケモカインは樹状細胞やリンパ系組織のストローマ細胞などから構成的に産生され、またさまざまな免疫刺激でも産生が誘導される。我々はTARC/CCL17、MDC/CCL22、LARC/CCL20などのケモカインについて発現制御機構を解析している。特に前2者はアトピーや喘息と言ったアレルギー性疾患で産生が亢進しており、その発現制御機構や遺伝子多型に興味がもたれる。(3)ケモカインレセプターの発現特異性。リンパ球や樹状細胞はそれぞれのクラスやサブセット、また分化や活性化にともなって異なるケモカインレセプターを発現することが分かってきた。それによってさまざまな免疫担当細胞が特定の組織局所にタイムリーに移動し、必要とされる細胞間相互作用を行うと考えられる。このようなケモカインレセプターの発現制御は免疫反応を理解するうえできわめて重要な情報を提供する。我々は最近fractalkine receptor/CX3CR1に対する単クローン抗体を作製し、このレセプターが他の表面マーカーとは独立にキラーエフェクターにきわめて選択的に発現していることを見出している。今後はこのような発現特異性を規定する転写レベルでの調節機構が注目される。(4)ケモカインレセプターからのシグナル伝達。ケモカインレセプターはすべて7回膜貫通Gタンパク質共役型レセプターである。このレセプター系は生物でもっとも発達しているレセプター系であり、研究の歴史も長い。そのため、ケモカインレセプターを使って独自にシグナル伝達のメカニズムを調べる研究はあまり盛んではない。しかしケモカインレセプターからのシグナルが細胞の一方向への運動を誘導する複雑な反応経路はまだほとんど分かっていないのが実状である。(5)ケモカインの癌治療への応用。様々な白血球のクラスやサブセットを標的組織に誘導できるなら、それを利用して癌のような標的組織に特定のエフェクター細胞を集めることができると予想される。一般にケモカインの発現だけでは組織破壊にまでは至らないので、さらに他のサイトカインや刺激物質と組み合わせることにより、ケモカインを用いた新たな癌の遺伝子治療が可能になると考えられる。


AID と複雑系

京都大学大学院医学研究科分子生物学

木下 和生

私は7年前に京都大学医学部の本庶佑教授の教室に大学院生として入学したときには、これほど長い間クラススイッチのテーマで研究することになるとは夢にも思いませんでした。その間つねに研究が順調に進んできたわけでは必ずしもないのですが、自分としては日々のささいな実験にでも驚きと喜びを見出し楽しんできたつもりです。そのなかでも、一生忘れ得ぬほど大きな興奮を感じたのは昨年のことです。同僚の村松正道くんが遺伝子を同定し、作成した AID ノックアウトマウスを解析した結果、脾臓 B 細胞を刺激しても全くクラススイッチが起きないことを確認できた時でした。また、ほぼ同時期にフランスの協同研究者からきた、高 IgM 血症を示す常染色体劣性遺伝病 (HIGM2) の複数の家系で種々の変異を AID 遺伝子に同定したとの電子メールを開いたときも、あまりもの偶然に頭がのぼせ上がったのを覚えています。引き続いて HIGM2 の患者でも AID ノックアウトマウスでもクラススイッチのみならず抗体の体細胞突然変異も障害されていることが判明し、これ以上の大きな発見に立ち会うことはもう二度と無いだろうと思うほどでした。それ以後も AID の解析を続けているのですが、ふつう一つとっかかりの分子がとれると芋づる式につぎつぎと発見が続き、あっというまに関連する大方の問題が解決してしまうということが少なくはないように思います。幸いなことに(!?) AID についてはなかなか簡単には行かないというのが実感です。この AID タンパクがなかなか可溶化せず、細胞内でのタンパク量も非常に少ないということが解析を難しくしています。しばらくは楽しませてもらえそうですが、いまや世界中の人(ちょっと言いすぎか)がこぞって AIDを研究しているので、悠長には構えておれないという現実もあります。

AID は APOBEC-1 という RNA 編集酵素とアミノ酸配列が似ていますので、 RNA 編集を介してクラススイッチ組換えと体細胞突然変異を制御しているのではと考えているのですが、もし、その予想が当たっておれば、生物はなんと回りくどい方法で抗体の多様性を生み出しているのか驚かざるにはおれないことでしょう。B細胞は RAG 1& 2 により操作された DNA 情報にしたがい抗原受容体タンパクを表面に発現させた後、抗原刺激に反応して AID を発現させ mRNA の情報を操作することを介して新たなタンパク質を誘導し、 DNA の情報をさらに操作するということになります。このタンパク、RNA、 DNA 階層間を行き交う情報ループの存在は免疫を超えて生物全般の理解にとって重要な発見になるかも知れません。ヒトゲノム計画が大きな節目を迎えた今、ポストゲノム、プロテオミクスと騒がれておりますが、生物の理解とは DNAだけでもタンパクだけでも駄目でRNA、糖鎖、脂質修飾 も含めそのすべての絡みで理解(可能なら)する必要があります。これらを一言で言い表す言葉に思い当らないのですが、すくなくとも「複雑系」であることは確かなようです。私は複雑系が今世紀の重要なテーマのひとつになると思っているのですが、これまでにも複雑系をさまざまな角度から理解しようとする試みがなされています。門外漢ゆえ誤解があるかもしれないと断った上で紹介させてもらいますと、複雑系とは「多くの要素からなる群れシステム」と言い換えることができます。無数のプレーヤーが個々に他のプレーヤーと協調や裏切りなどさまざまな関係をつくりつつ、生成消滅を繰り返す関係がダーウィン的な選択(進化)により一定のパターン、つまり、ネットワークを形成し、さらにネットワーク同士が高次の関係で結ばれ、またさらにというように、無限ともいえる階層をつくるシステムです。そもそもプレーヤー同士の関係がなぜ自然に生まれ得るのかということを理解するには世の中には zero sumゲームと non-zero sum ゲームの二つがあることを考える必要があります。前者は勝つか負けるか、両者の得分と損分を足せばゼロになる勝負で、後者は状況と関係次第で両者が利益を得る(あるいは損をする)ゲームのことです。遺伝子の偉大な功績は世の中には non-zero という関係があることをいち早く見出し、現在に至るまで(そして未来永劫)関係の構築とより高次の階層の開拓を行ないづつけていることにあるといえるのではないでしょうか。こういったシステムの特徴として、適応できる(免疫系には必須条件)、進化できる、弾力的、限界がない、新しいものを生み出す(創発)という優れた面がある一方で、最適化できない(無駄がつきまとう)、(外部から完全には)コントロールできない、予測できない、理解できない、(系の安定に)時間がかかるという、観察する人間にとっては不都合な面もあります。ネットワークにはポジティブフィードバックが組み込まれているために、ほんの少しの変化が思いも寄らない大きな変化をもたらすこともあります。たった1塩基の変異により個体の生存を危うくすることもある一方でもう一つ別の変異によりなんの問題も起こらないこともありうるのです。こうゆう予測不可能性については複雑系を研究する者にとって無視できない要素です。コントロールできないという問題はネットワークの構造の把握により「ある程度」克服できるものと思われます。おそらくこれからの生命科学は複雑系の行方を予測することに力点を置くというより、ネットワークの概略を明らかにし、制御の標的となり得るノード(結び目)、あるいは、ボトルネックを知ることで、個体のコントロールを可能にしようとする方向に進むのではないでしょうか。こまかな点の制御は複雑系自身が持つ安定化能力を最大限に利用しつつ、系の健全性を示すなんらかの指標を目安に少数のパラメーターのみを操作するというように。このとき系が示す反応をつぶさに観察することが重要です。観察の結果を制御のさじ加減に反映させるのです。遺伝的多型を考慮したテーラーメイド医療という言葉が最近よく聞かれるのですが、そのような吟味された治療法でも、実際患者さんで奏効するかどうかやってみないと分からないので、旧来と同様、医者のさじ加減は必要です。

かなり研究の話から脱線してしまいましたが、研究者のコミュニティーもある種の複雑系だと思うのです。複雑系でなければ、たとえば時計仕掛のような研究組織では、新しいものを生み出すことは期待できないでしょう。昨今、外部評価などで研究の無駄を排除しようという動きがありますが、あまり過度になると複雑系のダイナミクスが失われ独創的な結果をもたらさないようなことになりはしないかと心配です。それはさておき、このたび研究班に加えていただいたことを感謝しますと共に、班員の皆様方と協調関係を築きつつ、 non-zero sum ゲーム、もちろん、 win - win ゲームを演じていけますように努めていきたいと思います。そのためにはある程度のアウト・オブ・コントロールも大目に見てもらえれば幸いです。よろしくお願いいたします。


臨床教室の片隅にて

大阪大学医学部分子病態内科

塚田 聡

まず自己紹介をさせていただきます。東京大学理学部の生物化学科というところで多糖類の物理化学を専攻後,大阪大学医学部に学士入学しました。医学部在学中は濱岡利之先生の腫瘍発生学教室に出入りさせていただき,当時助教授をされていた高津聖志先生にも御指導いただいてB細胞分化の研究に触れさせていただきました。卒業後,臨床研修,市中病院勤務を経て大阪大学第三内科へ入局し,B細胞における免疫グロブリン再構成の解析で博士号取得後UCLAのOwen N. Witteのlabに留学し,チロシンキナーゼBtkの研究を行いました。その後第三内科に戻り,臓器別の内科再編後は免疫アレルギ-内科に所属しております。大学を出て以来,留学期間以外は臨床教室で過ごし,見方によれば研究と臨床のどちらもやっているが悪くいえばどちらともつかぬ生活を送ってきました。何事によらず,人生も"simple is best"というのは間違いなく真理だと思うのですが,それとは相反する人生を送ってきた事になるようです。

成り行きでそうなってしまった面が大きいのですが,このような場所で生きている人間は研究に対してどのような信念を持てばよいのでしょうか。このたび,「免疫シグナル伝達」ニュースに投稿させていただくことになり,諸先生の原稿を読み返させていただいて,そのはっきりした研究へのポリシーに改めて感銘をうけましたが,それに比して「自分の現在やっている事がいずれは医学の発展に結びつく日が来ると信じて研究している」などと述べるのは「世の中の役に立つ事をやりたい」と言うのと同程度で,悪いことではないが,研究者のポリシーという程のものでもない。以前存じ上げていた理学部の教授は「自分は世の中の役に立つことは絶対にやらない」という信念を持っておられましたが,科学とは個人的なものであり「役に立てるためではなく,おもしろいからやるのだ」ということが話の出発点になるのでしょうか。しかし,そう割り切ってしまえば本来「役に立つ」ことが目的の臨床教室では科学に対する信念は持てないことになるし,高尚なポリシーもいらなくなってしまいます。臨床教室でいわゆる研究をする人間は「そもそもここでそれをする必要性があるのか」という問題から考えなくてはならない。「免疫シグナル伝達」ニュースを読まれている,同じようなことを考えておられる若い方もおられるかと思います。

このまま悩みを書き連ねていると「免疫シグナル伝達」ニュース史上最悪の駄文になってしまいかねませんので,私達の研究の概略および今後の方向について紹介させていただきたいと思います。

私は6年半に第三内科(当時岸本忠三教授)に戻ってから二つのprojectを始めました。ひとつはチロシンキナーゼBtkのB細胞シグナル伝達への関与を明らかにするためにBtkと相互作用する分子をすべて同定していこうというprojectでした。当時はPHドメインの概念は出始めたばかりで,その機能は解明されておらず,BtkのN端に存在するPHドメインと結合する分子を同定することが最も魅力的なテーマに思われましたが,(いまだに)正体不明のタンパク質以外は同定できませんでした。その後PHドメインはphospholipidと結合するドメインと知れてみれば取れなくて当然だった様です。しかし一方SH3ドメインと結合し,Btkの活性をin vitroおよびin vivoで抑制する分子Sab(現在SH3BP5)を同定することができました。現在SabのKOマウスを作成中ですが,Btkの活性が脱抑制されることによってどのような疾患(自己免疫疾患?)が生じるのかは大変興味のもたれるところだと思います。さらにBtkのSH2ドメインと結合する分子として,現在脚光をあびている分子BLNKを同定し関西医大の黒崎知博先生と共にBtk,BLNK, Sykの三者がPLCg2を活性化するメカニズムを明らかにしました。現在最も興味を持っておこなっているのは実際のヒトの自己免疫疾患でこのようなシグナル伝達経路に異常があるかどうかの解析です。同時に,BCRのシグナルにおけるBtkの役割はそのかなりの部分がすでにわかったので,preB細胞段階でのBtkの役割はなにかということを今後やっていきたいと考えていますが,現在,preBCRのシグナルとは何か,ということがそもそも不明であり,どのようなシステムを使って解析していったらよいのかいまだに良いアイデアが見出せず班員の先生方と生産的なdiscussionができればと願っています。

「免疫シグナル伝達」班でのテーマにはなり得ないのですが,私達は数年来,Btkの欠損によっておこる疾患である無ガンマグロブリン血症(XLA)の症例の把握と解析をおこなってきました。「遺伝子が既にわかった病気の解析をすることを研究といえるのか」というような批判をいただいた事がありますが私はそのような考え方には強く反対します。多数の症例の蓄積があってのみ,その病気はまた次の医学の展開に参加する機会があるのだと堅く信じています。例えば,現在急速に進んでいる疾患感受性遺伝子のゲノムマッピングは多数の症例が把握蓄積されていることによって初めて可能ですが,その把握蓄積の作業を研究の一部と考えず,個人的楽しみのみが研究だと考える国では,科学の精華を得るにあたって後追いしかできないのではないでしょうか。1995年の時点で厚生省が追跡できるXLA生存者はわずか10数名でしたが,現在はその数は100数十名となり,様々な病態や,変異遺伝子の性質についてもわかって来ました。富山医薬大の宮脇利男先生らと共同で行ってきたものですが,私のしてきた事で最も意義のある事だと実は思っています。

この拙文を書くにあたり,よき共同研究者に恵まれたために現在までなんとかやって来れたのだと改めて思いました。今後も班員の諸先生と有意義なdiscussion, 共同研究をさせていただければと願っております。

研究概要と近況報告

熊本大学医学部

阪口薫雄

大阪大学医学部の山村内科に入局し、岸本研で免疫学の研究の手ほどきをうけてから24年になるが、この間研究のテーマは一貫してB細胞の分化、活性化ということになる。こう書くと、いかにも一貫した、そして信念をもった骨のある研究のように思われるが、実は、途中でいろいろ別のテーマを模索して研究を続けたもののどういう巡り合わせか、またいつもの研究テーマに戻ってしまったというのが本当のところである。もともと執着しない性格なので研究を自由に進めていた、あるいは進めたいと思っていたのだが、これまでの筆者の気侭な態度にも関わらず免疫学は常にある方向を向くように教えてくれている気がする。

大きな転機は1983年に岸本先生にバーゼル免疫学研究所に留学させていただいたということになろうか。留学をどこにするかはどの研究者の方にもかなり重大なことであると思う。筆者自身もそのように考えていたので、どこか、何か、チャンスがないかと期待していた。しかし、当時から岸本研は大変活発で、見渡しても優秀な人材であふれていたので、筆者にバーゼル研究所への留学の機会が巡ってくるとは思ってもいなかった。ある日、岸本先生はどのように思われたのか、バーゼルに留学する気があるかと聞かれた時に、筆者は即座に御願いしますと答えていた。

バーゼル免疫学研究所は既にみなさんが御存じの通り今年の7月をもってこれまでの輝かしい業績をもって閉鎖する。先日、現在の所長であるFritz Melchers教授の65歳の誕生日を祝うささやかなシンポジウムが研究所で開催され、日本から渡邊武、高津聖志、烏山一、工藤明、大西和夫の各先生と筆者が出席した。あれだけ輝かしく活動していた研究所から火の粉を散らすように、所長が苦労して世界中から集めた優秀な人材がひとり、またひとりと消えていくのはドライな欧米人であっても辛い事と思われた。Melchers所長はこれまでの所長室を明け渡し、隣の狭い事務室でひとりこれまでの書類や研究成果、論文草稿を整理していた。秘書は今回のショックで研究所に来る事さえできない状態で、日本で聞いていたよりも遥かに深刻な衝撃が走ったのだということを知らされた。研究所が親会社の意向で突然リストラにあった訳だが、それを活用しようとは考えていないことに不満を示された。まず、研究所の正面に次に予定されているゲノム研究所の立て看板をたて、全所員に絶対にバーゼル免疫研を終了するという事を明示した。そして、図書室の全ての本、雑誌をトラックでどこかに持ち去ってしまっていた。これを指さして、所長は中国の秦の始皇帝の「焚書坑儒」やその後の各時代の激しい改革と通じるものがあると嘆き、書物を焼き、学者を葬り去るという蛮行が最も文化的と思っていた国で行われていることに呆れておられた。「免疫学の未来」に暗雲をなげかけるようなバーゼル免疫学研究所の緊急閉鎖を前に、この約30年間にわたるバーゼル免疫学研究所について思い付くままで恐縮だが、その存在経過について考えてみたいと思う。

ちょうど100年前、ベルリンの衛生学研究所でRobert Kochが、パリのパスツールが列強の国益を背負って凌ぎを競った頃が、細菌学、免疫学において多くの成果をあげ、その事が近代免疫学の始まりと考えてもたいした間違いではないと思う。北里柴三郎博士の「抗体分子」の研究がその最も重大な基礎であることは我々にとっては大変誇らしいことである。研究グループの英才Paul Ehrlichが抗体産生の細胞生物学的説明を「側鎖説」として発表し、これに関連した研究を指導教授のKoch先生の誕生日への論文として発表している事は当時の師弟関係の在り方を知る上で大変興味深いものでもある。この仮説は、光学顕微鏡しかない当時に、リンパ細胞が抗体を産生し、抗体分子自体が抗原レセプター(ambozeptorとよんでいる)として機能するというレセプターの概念を持ち、特異的な抗原と結合することが細胞の活性化を促すというモデルを提唱している。残念ながらこの天才をもってしても、B細胞クローンの概念と遺伝子組み換えの機構を知る由もなかったため、リンパ細胞はどの細胞も全ての抗原に対するレセプターを発現していることと考えてしまった。当時の関心となる疾患はたかだか20種類程度であったらしく、クローンの考えを持たなくとも説明が可能であったのもその一因であろう。

それから50年以上たってからバーネットの「クローン選択説」が発表され、B細胞クローンに対する抗原の刺激によるB細胞の活性化誘導への細胞レベルで説明するモデルが現在の免疫学のいわばバイブルのような規範となっている。このモデルの大部分はその後のバーゼル免疫学研究所の存在する時代に実証されたが、彼らの持つていた先見性はどのようにして生まれたのかに大いなる興味があった。その答えはヨーロッパの研究体制の在り方とアメリカ型の研究アプローチを融合させたバーゼル免疫学研究所に見る事ができるのではないかと思っている。初代の所長はN. K. Jerne博士でいかにも、ヨーロッパの学者という方であった。研究所の開設にあたり、研究者の個人の発想、研究思想を最重視して構成している。一人一人は基本的には独立して各々が一人のテクニシャンと共に研究単位を構成する。そしてそれらが対等な立場で研究するように工夫されていた。研究室間の壁をできるだけなくし、もれる情報よりも得られる情報のメリットを活用しようとするものであった。そればかりでなく、約5名のパーマネントメンバーとその他45名の通常研究員(たいていは2年契約)の研究で人的な回転を図るものの、個別の研究テーマの期待値を十分加味して、契約が結ばれていて、利根川進博士の免疫グロブリン遺伝子のクローニングはその最も典型的な場合であった。北里翁の抗体の発見から約80年後にバーゼル免疫学研究所において免疫グロブリン遺伝子の構造が明らかにされ、抗体レ-パートリ-の由来が解明された。これこそ、バーゼル研究所の時代的意義であろうか。この輝かしい業績に優るとも劣らない個別の優秀な研究が行われた。豊富な研究資金を投入して羊、ウサギ、ラット、カエル、魚など数々の動物の免疫学をその研究テーマに持ち、免疫応答の概念の実証に価値を持たせた研究が評価されてきた。

1985年、筆者が留学中にバーゼル免疫学研究所が火災にあった。空調設備からの発火であったが、研究所の建物は残った。火災当日ブラジルにいた所長は急遽立ち返ると研究所の復興と親会社との復活交渉に没頭した。奇妙なことに親会社は当時火災保険の筆頭株主でもあったため、その災害規模が低く見積もられて新聞報道された。この事が後に研究所にとって大いに幸いしたのである。復興をはじめてみると、研究者の中には既に別の機関での共同研究を模索する者が増え、実際、毎日研究室で清掃や整理をはじめたのは1割に満たなかった。また実際に研究をしてみると、外見はなんとも異常がないような機器も炭化物や水分であふれ、電気泳動の電源装置や遠心装置を稼動すると煙りを吐いて、ついには止まってしまう。あるいは出火してしまうことがあちこちで見られた。掃除を何回行ってもどんどん黒い炭があちこちにあふれ、毎日鼻汁が真っ黒になってしまった。結局、損害額は当初見積もりの10倍にも及んだ。最初からこれだけ巨額が必要と分かっていたら果たして研究所の再スタートができたかどうかわからない。幸いなことに、G. Kohler, N. K. Jerneがノーベル医学生理学賞を受賞し、続いて利根川先生の受賞があり、バーゼル免疫学研究所の成果が広く知られたため、なんとか存続する事ができた。この間、何度となく研究所の製薬会社への貢献を要求されたりリストラの勧告をされてきたように聞くが、所長はあくまでも研究の学問的自由を譲らずにここまで維持してきた。なみなみならぬ苦難があったと想像されるが、研究所の権威、自由を守るために掛け合った交渉術をみて、それまで彼の手腕に対して疑問を投げる他の研究者からも、彼の存在なくして1日たりとも運営できないと理解され、そして彼の研究所にかける熱意を誰もが認めるところとなった。

2001年になって医学は一層genomeをはじめとする分子の解析を中心に研究が進んでいる。果たして親会社が予測したような、免疫学研究所の使命は終了したのか。単なる哀愁を超えて、果たしてバーゼル免疫学研究所が産み出した共通の財産はこのまま散逸していくのは仕方のない事なのか?これからポストゲノムの時代にこのような研究所は全く役にたたないのか?これらのことは未来のある時期になってはじめてわかるのだろうが、一研究者に立ち返ると、まだまだ免疫学研究が完成したとは思えない。むしろ、これからますます、生体の防御の科学が重要になっていくような気がする。筆者の研究領域に関しても、バーネットの提唱した「クローン選択説」には新たな補足・修正が必要になってきていると認識している。抗体産生ではB細胞クローンが選別されるだけでは十分な免疫応答ができない。高親和性の抗体が最初から準備されているわけではない。骨髄で産生される初期B細胞は多様な特異性を持つことはできるが、それだけではけっして十分な免疫応答に役立たないと思われる。抗原刺激による二次的なB細胞の抗体親和性の成熟がより重要な要素となっており、この重要性は最近の研究でますます認識されるようになってきている。

これまで筆者の研究は、B細胞の初期分化の研究、抗原受容体構造の解析へと進めてきた。これらはEhlrichのambozeptorの存在の分子機構を示したものである。そして現在の我々の研究は、B細胞の二次成熟のプロセスに向かって解析を展開している。胚中心でのB細胞の分化の検証の為にGFP/RAG1ノックインマウスを作成したところ、そのマウスの解析は胚中心では遺伝子再構成よりも体細胞突然変異がより重要な働きをしていることを示唆するものであった(Kuwata et al., J. Immunol. 1999; 153: 6355-6359; Igarashi et al., Localization of RAG1/GFP expression in secondary lymphoid organs after immunization with T-dependent antigens in rag1/gfp knockin mouse. BLOOD. 2001; 97:2680-2687)。

昨年、2000年には奇しくもB細胞の体細胞突然変異の新しい実験結果が続々と報告された。H. Jacobs ら、D. Schatzら、のV領域遺伝子へのDouble Strand Break (DSB) の導入がその一つであり、もう一つは本庶先生らのAID欠損マウスの研究がそれである。AIDとDSB誘導にどのような関係があるかは不明だがこれらの分子及び現象が抗体の成熟のカギを握っている事は間違いない事であろう。これから、我々の研究はバーネットのクローン選択説に加えて体細胞変異のメカニズムを解明していかなければならないと考えている。著者の研究室では近年、このB細胞の胚中心における成熟に照準をあてて、独自に機能分子を見い出している。BCRからのシグナル伝達経路の分子α4、また胚中心に選択的に発現が上昇するGANP分子の遺伝子をクローニングした。α4はBCRからS6Kへのシグナル伝達に関与し、活性化の初期タンパク合成に必須であり、GC-associated nuclear protein (GANP)はDNA 複製と密接に関連する分子である。これまでの研究でこれらは抗原刺激でB細胞クローンの拡大をするGC-B細胞の細胞分裂から分化への切り替えに関わる分子である事が示唆されている(α4の論文;Inui et al.; A lymphocyte signal transduction molecule alpha4 associates with the catalytic subunit of phosphatase 2A and acts as a new target of rapamycin. Blood 1998: 92:539-546. GANPの論文;Kuwahara et al.; A novel nuclear phosphoprotein GANP is upregulated in centrocytes of the germinal center and is associated with MCM3, a protein essential for DNA replication. Blood 200; 95: 2321-2328.)。現在、これらの研究を中心にB細胞の最終分化過程の分子機構を明らかにするべく研究を進めている。

この項は最近の研究の概要を報告するのが趣旨であろうと知りつつ、出来上がりは、思い付くままの文章となってしまいました。また、研究以外の部分では記憶の不確かな点もあると思いますが、この点もあらかじめお詫びしておきます。


女性研究者をとりまく環境の日米比較雑感

筑波大学臨床医学系内科(膠原病・リウマチ・アレルギー)

渋谷和子

内科研修医時代、多くの患者に接するうちに、私は医療の手のおよばない部分、患者自身が持っている治癒力のようなものが本当にあるのだということを実感するようになった。今から思うと、その漠然としたいわば生命力への畏敬の念が生体防御機構としての免疫学に興味を持たせたきっかけだったかもしれない。その後大学院を経て、米国DNAX研究所のAnne O'Garra博士のもとで勉強する機会を得、Th1/Th2細胞の分化機構の解明を目的にサイトカインの機能解析をおこなった。テンションが高いことで有名なAnne からエネルギーを注入してもらっていたせいもあるかもしれないが、Th1./Th2細胞の分化機構こそ細胞性免疫系と液性免疫系の制御の中心なのだと興奮して、毎日仕事が楽しくて仕方がなかった。このように研究ができたのは、女性研究者をとりまくアメリカの職場、社会環境のお蔭だったと思う。

私は日本とアメリカの両国において、研究のかたわら妊娠、出産、育児を経験した。私個人の体験などごく些細なものにすぎないが、両国間でワーキングマザーをとりまく環境はかなり違っており、これが女性研究者の数の違いに反映されていたと思う。DNAX研究所で仕事を始めた時、まず女性研究者の数の多さに驚いた。それも大学院生やポスドクばかりではなく、責任あるポストについている女性研究者が多かった。当時、DNAX研究所の免疫部門長は女性であり、副部門長は男女各1名、6つある部屋のリーダーは男女各3名と、男女の比率はほとんど等しかった。いま私が勤務している筑波大学の医学系の名簿によると女子医学生は各学年約3割在籍しているが、医学系教官数は240名のうち女性教官は19名と全体の1割にも満たない。教授にいたっては45名中1名のみである。留学当時は現在よりもっと女性教官数が少なかったので、その違いにはいっそう目を見張った。現在、仕事柄多くの優秀な女子学生と接する機会が多いが、少なくとも大学生の時点では女子学生の能力が男子学生に劣るということはないと思う。しかし、彼女達と話をしてみると、将来の仕事と家庭の両立に少なからず皆不安をもっており、そのために男子学生に比べて目標設定が低くなってしまう傾向はあるように感じる。今後、能力を活かしきれていない優秀な女性人材にも活躍の場があたえられれば、日本のサイエンスの将来の活性化につながるのではないだろうか。

アメリカがワーキングマザーにとって働きやすかった理由には、まわりの受け入れという精神的側面と勤務時間設定や保育園制度などの物理的側面の両方があったと思う。職場に子供のいる女性が多く、また男性も配偶者が働いていることもあって、職場でのワーキングマザーに対する受け入れが非常によかった。男女共に仕事をきちんとこなしていれば、かならずしも夜遅くまで職場に残っている必要はない。父親が育児に参加するのもあたりまえなので、夫の支援も受けやすい体制にあった。さらに地域や家庭においても母親が働くことに理解があった。私はアメリカに3年半滞在したが、その間一度も働いていることを非難されたことはなかった。日本では3歳までは母親が家で育てないと子供の精神に悪影響があるという「3歳児神話」が根強く、生後すぐ保育園に預けて働くと「子供がかわいそう」と言われる。うけながして自分の信念を貫けばよいのだが、親戚からも近所からも「かわいそう」の合唱で、メデイアまでも「非行に走ったのは母親が働いていて淋しかったから」などと報道すると、母親自身も自分の子供が「かわいそう」に思えてくる。または逆に「保育園児だからといって何がかわいそうなものか」と妙に突っ張ってしまったりする。どちらにしても自然体ではない。私も日本にいた時には外野の言葉はさほど気にしていないつもりであったが、アメリカでまわりから暖かく受け入れてもらった時には霧がはれるように心が軽くなり、日本では結構プレッシャーを感じていたのだということをことを自覚した。

また、DNAX研究所では会議やセミナーなどの公的行事が勤務時間内に組み込まれていた。知人に聞いた他の多くのアメリカの大学や研究所でも同様のようだった。時間設定のある会議とちがって、自分の実験やデスクワークならある程度時間配分の融通がきく。我が家では、私が実験で遅くなる時には夫が家で子供の世話をし、私の帰宅後10時すぎくらいから夫が研究所にでかけたり、または夫が深夜まで働くかわりに私が早朝出勤をするなどのやりくりをして、勤務時間外には少なくとも片親が子供と一緒に過ごせるようにすることができた。日本では現在二人で筑波大学に勤務しているが、教官会議やセミナーなどが最初から時間外に設定されているため、会議の日には二人とも時間外まで職場に拘束されてしまう。そして会議やセミナーの種類によっては、子供は就寝時間まで他人の家ですごすことになる。些細なことのような会議の時間設定ひとつでも、共働き家庭では大問題である。しかし勤務時間外の会議(半強制的な宴会も)は日本では不思議な光景ではない。これをあまり不思議に思わないところが不思議であると私は思う。

社会制度としては、アメリカでは保育園やベビーシッターが充実していた。たくさんの私立保育園がそれぞれの特徴をもって存在していたので、親は自らの育児方針に合わせて保育園を選択することができた。しかしながら、物価に比べて保育料は極めて高額であった。比較的安価で質のよい保育が期待できる日本の公立保育園の方がこの点ではすぐれていると思う。ただし定時退社できない職種では時間外保育をしてくれる無認可保育園に預けざるを得ず、これだと保育料も高額でアメリカとたいして変わらなくなる。個人的には、アメリカの学会や勉強会には保育サービスが設置されていたので、遠方の学会にも参加しやすい点が助かった。

以上、私の少ない経験をまとめてみた。研究者として一人立ちするための重要な訓練時期と生殖可能年令が重なるため、女性研究者の育成とワーキングマザー対策は切り離して考えられない問題である。事実、私の身の回りにも研究と育児の両立で挫折し研究活動を諦めざるを得なかった多くの優秀な女性研究者がおり、日本のサイエンスにとっても損失だと感じている。今後、女性研究者を育成していくためには精神面、物理面の両方からの支援が必要だと思われる。それと同時に女性自身も「女性だから」という甘えを捨て、研究者としての自覚をもって仕事をすすめていかなければいけないことを最後に自戒をこめて記しておきたい。


ホライズン遺伝学

愛媛大学医学部

小野栄夫

 

 最近の抄読セミナー終了後のことですが、「マウスは15年に1回の頻度で目に見える形質の変化を起こしていることになるね。」という同僚の独り言が、隣にいた私を妙に面白がらせたことがあります。彼の論拠は抄読担当の院生がまとめた図にあり、そこにはC3H系統とその亜種を網羅する家系図と、その中で見いだされた形質変化が、なるほど15年ほどの間隔で記されています。これら形質変化は既に染色体上にマッピングされた遺伝的形質でしたが、その時に私が意外だと感じたのは、形質変化を伴わない遺伝子変異の方が伴うものよりも高頻度と考えられる為、形質変化を伴わない遺伝子の変異もカウントすれば、マウスゲノムに蓄積される遺伝子変異は、毎年に一回とまで言えるほどの高頻度になることでした。こうした私感の真偽は別にしても、形質変化を伴わない遺伝子変異が、ホモ接合で一系統マウスのゲノムに蓄積されることは事実でしょう。主な近交系マウスは樹立から80余年の歴史を有しますが、その期間だけでも系統間の遺伝子の違いは相当数に達すると思われます。

 以上、前置きが長くなりましたが、ここから私が目指したい免疫遺伝学の本題に移りたいと思います。

 前置きでは「形質変化を伴わない」としてきた個々の遺伝子変異でも、いくつかが集まるとある形質を表現するようになります。例えば糖尿病マウス(NOD系統)や自己免疫マウス(MRL系統、NZB/W-F1系統)などのような、病的形質を規定する遺伝的素因の場合です。MRL系統の実例を少し紹介しますと、この系統に見られる病的形質は、細胞死を誘導する受容体Fasの機能障害を来す変異が加わり現れたものです。その後MRL系統に起きたFas遺伝子変異を、C57BL/6系統やC3H/He系統の背景に退交配で導入してコンジェニック系統を作成しましたが、これらの系統の遺伝的背景においては、Fas変異は病的形質として表現されないことが分かりました。すなわち、MRL系統に見られる自己免疫病様の形質は、Fas変異に加えて、MRL系統に存在し個々では「形質変化を伴わない」遺伝子変異(群)により表現されることを意味します。そこでMRL系統とC3H系統を交配して孫の世代(F2)を作出して病理解析しますと、それぞれの個体に病的形質が様々な強度で現れてきます。次に病的形質の強度に対して、全ゲノム領域で連鎖解析を行い、さらに連鎖の認められる領域では細かくQTL(quantitative trait locus)解析を行います。その結果、3から6領域(腎炎、血管炎、関節炎などの形質要素によって数が違います)が病的形質の関連染色体領域として同定されます。これらの領域は、個々では「形質変化を伴わない」が病的形質に関与する遺伝子変異を含むと考えられます。

 もう一つ、遺伝学解析に用意されたサンプルの利用例を紹介します。Fc受容体の中のFcgRIIbは、抗体産生系に対して抑制的に働く分子で、その遺伝子欠損マウスでは自己免疫様病変が現れやすくなることが示されています。上記のF2マウス群の中では、脾臓におけるFcgRIIbの発現量に大きな強弱が見られることから、当然にFcgRIIbの発現量と病的形質の発現の相関を疑いました。しかし、残念なことに二つの形質の間に全く相関は見られませんでした。ここで、この着眼点に関する解析を止めるも考えましたが、取りあえずFcgRIIbの発現量に対して遺伝学の定法に従った解析を施し、一つの関連染色体領域を同定しました。今では、この領域に含まれるFcgRIIb発現の制御因子は、他の系の病的形質や一般の免疫応答の個体差に関わる可能性もあろうかと思っています。こうした楽観的見解とは別にこの文脈で言いたいことは、サンプル作成の目的に関わらず、その中に偶然にでも量的に大きく振れる形質が見つかれば、その形質の発現制御に関わる染色体領域を同定するチャンスがあると言うことです。

私は、遺伝学に関しては全くの初心者です。この分野に踏み込む前は、「免疫学的な個体差のメカニズムが面白そうだ、またそこに独自の知見を見だせそうな気がする、その為には多因子遺伝形質の制御メカニズムが明らかにする方法、遺伝学しかない」、といった風に合目的に割り切った考え方が出来ていました。今では、勿論そうも思いますが、加えて二つの課せられた命題を意識しないわけには行きません。マウスを用いた実験遺伝学の場合にはヒトの場合への外挿と、形質関連遺伝子の実体を示すことです。形質に関連する染色体領域が同定されたと言っても、現状は例外なく数cMの範囲、おそらくは多くの遺伝子が含まれる範囲にしか限定されていないのです。前者の命題に関しては、疾患関連であれば特定の疾患群のゲノム多型解析が充実さえすれば可能になるのでしょう。マウス遺伝学の分野は、その時までに出来るだけ多くの確かな情報をインプットすることこそ大事と考えます。後者の命題は、より具体的にいえば、個々では「形質変化を伴わない」が病的形質に関与する遺伝子変異の正体を示すことと、変異群が病的形質の発現に至らしめる秩序を明らかにすることの二つになります。この二つ目こそがマウスを用いた実験遺伝学でしか出来ないことと思っています。この辺を何とか、と考える今日この頃です。


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