A Happy New Year
細胞情報のみなさん、同窓生の皆さん、そして4月から入学予定の4名の博士課程院生(野口、野村、加藤、真砂)の皆さん、親しい友人の方々、あけましておめでとうございます。毎年、年賀状が果てしなく増えるので、教室関係の人や友人には失礼しています。多少、長い文章ですが、適当に読み流して頂いて結構です。今、除夜の鐘を聞きながら、このメイルを書いています。
昨年は、私的にも充実した年でした。長女(33)が5月に結婚し、次女(24)が5月から内科研修を開始しました。寂しさもありますが、30数年過ぎて、親のつとめを果たしたかな、ということを実感する年でした。それにしても、週に何回か当直し、当直開けもなく深夜まで仕事をしている研修医を見ると、これで医療事故や過労死がが起きないのが不思議だなと思うくらいです。たくさんの方の結婚式にも出席し、その度に、心暖まる思いをいたしました。小説では、15年ぶりに新田次郎の「アラスカ物語」を読みました。これに憧れ、オーロラを見に、北極へ行きたいという気持ちがまたよみがえってきました。司馬遼太郎の「龍馬がゆく」(全8巻)も昨日読み終わりました。龍馬の前に、昨年、同じ著者の新撰組3冊本を読み、会津や函館を訪れたのがきっかけですが、明治維新はやはり日本史上では最大の変革期ですね。正月からは「翔ぶがごとく」(9巻)に挑戦する予定です。高杉晋作(長州)や勝海舟、徳川慶喜の本も読めれば、あらゆる角度から幕末の思想が理解できるような気がします。佐賀藩の大隈重信の小物ぶりとか、土佐の板垣や岩崎の豹変する立場など大変愉快です。小説ではありませんが、五木寛之「運命の足音」(幻冬社)も心を揺さぶりました。「これを書くまでは死ねない」というだけの内容で、思わず涙ぐみ、国際線のスチュワーデスさんの前で恥ずかしい思いをしたことがあります。私は仏教徒ではありませんが、彼の小説の中に流れる「死生観」というか、「闇の中の光」の底に潜むものがある程度わかったつもりになっています。
研究では、イタリア、アメリカ、ドイツ、トルコ、フランスの学会に参加し、たくさんの講演をし、多くの反響が寄せられました。特に、6月にボストンで、伊藤さん、結城君、伊藤君夫妻,Jimなどに会ったことは大変印象的でした。MGH-Eastでは驚くほどたくさんの聴衆とcompetitorに囲まれたたいそう賑やかな講演会が開かれ、アメリカでは珍しいおいしい夕食にありつきました。論文もNature medicineやJ. Neurosciを含めて、22報が発表 (or in press) され、年末には浅井君、臼井君の論文も通りました。12月27日には徳岡さんの労作もついに投稿しました。新しいマウスも2つのストラテジーで作成中です。大変うれしいことです。リサーチセミナーも定期的に行われ、新人の座長もしっかり予習し、質問する習慣が付き始めていることは何よりです。マウス室も大きくなりましたし、TOF-MSも稼働し始めます。「メタボローム寄付講座」(田口教授、奥野助手)は2月にスタートし、また、概算要求が認められ、4月には「疾患生命工学センター」(純増6名を含めた10講座)が公募開始の予定です。この公務員削減の時代に純増が6というのは画期的なことです。さらに、1月からは急ピッチで新棟二期工事がスタートし、1年半後には完成予定です。これらインフラの整備の上に、来年はインパクトの高い仕事が発表され、全体として研究室の活力がさらに発展することを願っています。ポストゲノムシークエンス時代の科学は色々な新しい方向性が期待できますが、脂質をはじめとする生化学の重要性は一段と高くなるでしょう。遺伝子工学はもちろん、動物や細胞の扱いは当然として、生化学に強いラボが生き残っていくと思っています。
10講座で出した21世紀COEが通り、院生に一定の謝金が出るようになったことも大きなニュースです。しかし、逆に責任も重くなってきたことは事実です。3月20-21日には第一回のリトリートが行われますし、院生の年次評価も必要となります。現在のD1から、4年生までに論文の発表が博士申請の条件となりました。当然のことですが、3年に一度は論文を書くようにしなくてはなりません。論文をまとめる時間は、実験時間の10%程度かも知れませんが、最後の10%は実は大きなエネルギーと思考力を要し、これをできる人と出来ない人に大きな差があります。研究者は論文で評価されるのであり、実験量や発想で評価されません。現象の発見だけでは十分でなく、その機構を明らかにすることが大切です。これだけ良い条件の中で、数年間論文を書かないとしたら、それは戦略が間違っていたか、あるいは、怠慢と言われてもしょうがないでしょう。また、初心が忘れられ、器具の使いっぱなしや、後かたづけの悪さ、実験マナーの悪化などもマイナスの側面です。また、お互いに助け合うという我々の研究室が過去18年近く培ってきた独特の気風が薄れていることも残念なことです。よほどの天才でない限り、研究は自分一人のアイデアでできるものではなく、お互いに助言し合い、助け合あうことから良いアイデアが出てくるものだという当然の考えに今一度立ち返る必要があると思います。輪読会やJCで広く勉強することも、一時的には時間のロスかも知れませんが、幅広い土台を持たないと、小さな小さな世界にのめり込んでしまうと思います。いつも繰り返し言うことですが、「志は高く、姿勢は低く」、みなと協調して、謙虚に進むという態度を貫かない人は研究者としては成功しないと言うのが私の持論です。
2003年は教室にとっても、大学、社会にとっても大変波乱の年だと思います。この秋で、CRESTが終わります。現在、CRESTの継続申請を出しています。同時に学振、文科省に新たな大型予算を申請しています。どれも大変な競争で難しいと思います。結果には関わらず、3月には研究の大きな見直しを行います。医学部も4月から新しい執行部となりますし、約1年後には独法化が開始されます。独法化の行方は見えないことだらけです。大学は幾ばくかの自由を確保しますが、経営を含めた自己責任が大きくなります。経営が問題で、研究が短期的になったり、病院が公共性を忘れて利潤優先に進んだりする危険があります。経営陣には外部の民間人を入れるそうですが、日本で成功している民間なんてあるんでしょうか。地方大学はつぶされる危険もあります。一番問題なのは、これらの危険性に気づかず(気づきつつも)、真っ先に推進し、先例を作ったと言うことで媚びをうり、国からお金を取ろうとする日本のトップクラスサイエンティストでしょう。来年度の予算で科学研究費などの競争資金は増加しましたが、これらとは別に300億ものお金が、トップダウンで少数のグループに配分されます。利権と結びついたトップダウン配分は研究費の宗男的体質であり、第二の猪瀬の登場を願っている人はたくさんいます。世界を眺めても、イラク、北朝鮮と今年は本当に危険な年です。この冬休みに「イスラエルとパレスチナ」(中公新書)を読もうと思っていますが、それにしても、アメリカの知識人はものを言うのを忘れたのでしょうか。少し、色々書きすぎました。我々自身も含めて、「歌を忘れたカナリヤ」の歌詞の最後を信じて、今年の挨拶にします。
教室では、お互いに助け合うという暖かい伝統を守りながら、サイエンスに対してはさらに厳しく進めて行きたいと思います。今年が皆さんにとって良い年となるよう願っておりますし、私も力を振り絞って、教育、研究、大学運営と、スポーツに力を注ぎます。まとまらない雑文に最後までつきあってくださって有り難うございました。
2003年元旦