2007年頭に考える
定年延長されました -経験か、老害か-
年賀状有り難うございました。「清水研」残り3ヶ月の人からも、これから4年、あるいは5年が始まる新人からもそれぞれの決意が伝わってきて、私も身が引き締まる思いです。毎年、年賀状を出す代わりにホームページで挨拶をしています。
団塊世代の役割
本年4月、還暦を迎えます。60歳は定年の年でもあります。実際、先日、高校の同窓会があったのですが、多くの人が職場を辞め第二の職場を見つけたり、あるいは家で自由な時間を過ごしたり、ある人は神学校の学生に戻ったりしていました。私たち「団塊世代」は、戦後の世の中を熱く生き、学生運動に燃え、生き方を真剣に考えてきました。ベトナム反戦でも、大学改革でも常に過激に行動し、長髪でギターを持ってフォークソングを歌った世代です。私たちの存在は、ある評論家に言わせれば、「ただ騒いだだけで、何も残さなかった」とまで酷評されていました。私たちの世代、あるいは私に対する評価は、次の世代が判断し、あるいは皆さんが議論することかと思います。ここで述べたいのは、私が色々迷いながら、東大での定年延長を希望した理由です。
大学の定年制度
米国では年齢による差別が禁止されており、研究費を獲得できる限り、80歳を超えても研究室を持っている教授がたくさんあります。これと対照的に、東大では全国の大学の中で東工大と並んで唯一教授の定年が60歳となっていました。研究者は60歳を超えると能力は低下し、むしろ老害の方が増えるという考えもあったでしょうし、東大を早くやめて次の就職口を見つけるのに良い年齢だったのかもしれません。これは明治以来続いていた制度であり、その頃の平均寿命も現在よりはずっと短かったと思います。2000年の秋、東大は段階的に定年延長をすることを決定し、医学部はこれに対応して60歳での再任審査制度を作りました。つまり、定年延長を希望した教授は、選考委員会でその業績などが厳密に審査され、最終的には教授会の投票で延長の可否が決まるという仕組みです。去る12月の教授会で、信任投票が行われ、再任を希望した他の教授と共に、私も後5年の定年延長が決まったわけです。
もちろん、迷いが無かったわけではありません。私は以前から60歳を超えたら別の生き方をしようと思っていました。創薬という創造的な仕事をやってみたいという気持ちもありました。沖縄でも行き、Dr.コトーの様に臨床をやりたいという希望もありました(もっとも外科でないとあれは無理だけど)。某研究所から研究職に専念しないかとのお誘いも受けたこともあります。しかし、最終的に東大に残って教育と研究を続けようと思ったのは次の様な三つの理由があるからです。これを披露するのは今年の年頭のメッセージに相応しいと思うようになりました。
定年延長希望の理由
次の様な三つの理由があります。
1.脂質生物学の発展
ご存じの様に私自身は過去30年近く、「脂質メディエーター」(生理活性脂質)の研究をしてきました。脂質メディエーターを合成する酵素を単離し、その産生の調節を解析し、また、脂質メディエーターの受容体とシグナル伝達を解析するという研究です。この研究は今後も私たちの研究室の大きな課題の一つです。しかし、5年ほど前から脂質に関してもう少し別の角度から研究したいと思うようになりました。それが「膜脂質がどの様に作られるか」という「脂質生物学」あるいは「細胞生物学」の根本問題へのアプローチです。質量分析計で膜脂質を網羅的に解析するために「メタボローム講座」を開設したのもその布石です。昨年、中西君、進藤君が中心になって重要な「アシル転位酵素」を二種類単離することが出来ました。これは既に大きな反響を呼んでいますし、競争が激しくなることは間違いありません。ホスホリパーゼA2とリゾリン脂質アシル転位酵素の作用で膜がどの様に作られ、ダイナミックに変化するか、興味は尽きません。脂質メディエーターと膜脂質代謝の二つを柱に研究をさらに展開したいと思っています。
2.医学生、大学院生の教育への情熱
大学に残ろうと思った最大の理由はやはり、学生教育への熱意でしょう。現在教室には15名の博士課程学生と2名の修士学生、それに熱心な医学部学生2名がいます。明日の研究を発展させるのは学生ですし、大学の重要な仕事は次代の研究者を育てることです。今まで「清水研」を育った研究者は百名を超えますし、同じくらいの数の学生がフリークオーターなどで教室の研究に触れています。まだまだ訓練が足りず、昨年の年頭の挨拶で述べたように、UCSDで感じたような迫力はまだ学生からは伝わってきません。しかし、新棟に移り、実験室が一つの大部屋になったことや、セミナー室が広く取ってあることがプラスに働いていると思います。また、スタッフが良い意味の「討論好き」ですし、月に一回はスタッフ会議があり、4グループの研究交流を進めています。また、論文ではスタッフがcorresponding authorとなる場合でも、全ての論文や学会発表は私が最終的に責任を持って、改善するつもりです。
3.大学運営や国の政策への提言
私はその主要な業績は全て東大へ来てから行ったものです。いくつかの成果をあげることが出来たり、予想外の成果がでたのは、東大の先輩の方々が良い研究環境を作ってくれたことです。そのような意味で、これからの私は自分自身の興味の研究を進めると同時に、次世代が研究しやすい環境を作ることだと思います。現在、「疾患生命工学センター」センター長を務めており、また、文科省の「科学官」も務めています。さらに本年12月には歴史的な生化学会・分子生物学会合同年会を開催します。行政的な仕事は好きではありませんし、得意分野ではありませんが、こういう職務を通して、「研究の多様性を尊重すること」「ボトムアップ的競争研究費の拡大」の二つを原則に発言していくつもりです。
最後に、本年が皆様にとって良い年となることを願っています。