ホーム > トピック・関連情報 > プレスリリース > 造血幹細胞の機能を高く保つ遺伝子編集・培養プラットフォームの開発
造血幹細胞の機能を高く保つ遺伝子編集・培養プラットフォームの開発
2022年12月6日
国立国際医療研究センター
1. 発表者:
国立国際医療研究センター 研究所 生体恒常性プロジェクト
客員研究員 城下 郊平
(研究当時:研究所スチューデントリサーチャー及び慶應義塾大学医学部内科学教室
(血液)大学院生及び日本学術振興会特別研究員
現本務:慶應義塾大学 医学部 血液内科 助教)
上級研究員 小林 央
プロジェクト長 田久保 圭誉
2. 発表のポイント :
- 静止期造血幹細胞(HSC)の遺伝子編集の際に、事前に培養することでガイドRNA/Cas9複合体の核内移行が促進されて編集効率が高まることを明らかにしました。
- 遺伝子編集後のHSC培養を最適化することで、事前培養で増殖状態になったHSCを再度静止期へ誘導し、幹細胞活性を高く保てることを示しました。
- HSCの新しい制御因子の探索や、ヒトHSCの静止期性研究、HSCを利用した遺伝子・細胞治療の改良にも有用な技術と考えられます。
3.発表概要
造血幹細胞(HSC)(注1)は、生涯にわたって各種の血液細胞を産生する幹細胞です。 HSC は体内の血液細胞の需要に応じて自己複製と分化を行うことで様々な血液細胞を産生し ますが、それ以外の多くの時間は細胞周期(注2)を静止期に留めることで幹細胞の性質を守 っていると考えられています。HSC は血液疾患等を根治する際の骨髄移植(造血幹細胞移植) に必須の細胞です。近年、HSC に遺伝子編集を施すことで HSC が原因となる様々な疾患の治 療が可能になると考えられています。一方これまで、体外では静止期 HSC の維持・操作が困 難であったため、静止期 HSC 研究はマウスモデルを中心に行われてきましたが、時間がかか るなどの制約がありました。そこで、より体内同様の状態に HSC を保つことができる遺伝子 編集手法の開発が期待されていました。
今回、研究グループはCRISPR-Cas9(注3)を用いた静止期HSCの遺伝子編集・培養プラットフォームを開発しました。
まず、マウスHSCの遺伝子編集されやすさを検討したところ、体内から取り出したばかりの静止期HSCでは非相同末端結合修復(NHEJ)(注4)を介した編集効率が低く、NHEJ編集効率の改善には、遺伝子編集に先立って培養でHSCを増殖させて、ガイドRNA/Cas9複合体(注3)の核内移行性を向上させる必要があることを見出しました。一方、この事前培養によって増殖状態となったHSCは幹細胞の機能が低下します。そこで編集後速やかに、低酸素、低サイトカイン(注5)、高脂肪酸条件(静止期維持培養条件)で培養すると、遺伝子編集されたHSCを再び静止期化できることがわかりました。次いでこの技術が他の遺伝子編集様式やマウス以外のHSCにも利用可能か検証しました。アデノ随伴ウィルス(AAV)ベクター(注6)を用いたマウスHSCの相同依存性修復(HDR)編集(注4)、およびヒト臍帯血のNHEJ編集においても遺伝子編集後HSCの静止期再誘導が可能であることを示しました。今回の研究結果は、HSCの新しい制御因子の迅速かつ簡便な探索や、困難であることが知られているヒトHSCの静止期性研究、そしてHSCを用いた新たな遺伝子・細胞治療の開発に有用であると考えられます。
本研究成果は、米国Cell Press社のオンラインジャーナルCell Reports Methods誌12月19日号で発表され、それに先立つ日本時間2022年12月6日午前1時(米国東部時間 2022年12月5日午前11時)にオンラインで先行公開されました。
4.用語解説
(注1)造血幹細胞:
哺乳動物の成体では骨髄に存在している数少ない細胞で、細胞分裂することで生涯にわたり血液を供給している。骨髄の血液細胞10万個に1個程度の割合で存在する。
(注2)細胞周期:
細胞は分裂する周期に基づいて、静止期(G0期)、G1期、S期、G2期、M期の5つに分けられる。大部分のHSCは分裂をしない状態の静止期に留まっている。刺激に応じてG1期へ移行し(増殖期)、分化細胞の産出や自己複製を行う。
(注3)CRISPR-Cas9: 2012年にジェニファー・ダウドナ氏とエマニュエル・シャルパンティエ氏が報告した遺伝子編集技術。細菌が外来ウィルスのDNAを切断し、ゲノム上に取り込む仕組みを応用することで、目的遺伝子の遺伝子編集を行う技術。目的遺伝子と結合するガイドRNAと、遺伝子を切断する酵素であるCas9の複合体( RNP)を形成し、細胞内へ導入することで遺伝子編集ができる。
(注4)非相同末端結合修復(NHEJ)と相同依存性修復(HDR):
DNAがCas9による切断を受けた後に修復するプロセスには、非相同末端結合修復(non-homologous end joining:NHEJ)と相同依存性修復(homology-directed repair:HDR)の2つがある。NHEJ活性は細胞周期に非依存的であり、DNA切断後速やかに修復できるという利点があるが、修復の精密性は低く、塩基の欠失や挿入を伴うことが多い。NHEJを介する編集によって遺伝子のノックアウトを誘導できる。一方、HDRは細胞周期S/G2期にのみ活性があり、修復の精密性が高い。鋳型となるDNA配列(テンプレート)を同時に細胞内導入することにより、遺伝子のノックインが可能となる。
(注5)サイトカイン:
細胞表面の受容体に結合することで、細胞に増殖や分化等の信号を伝える。通常は標的となる細胞とは異なる細胞から分泌される。本研究ではサイトカインのうちSCF(ステムセルファクター)、TPO(トロンボポエチン)を利用した。
(注6)アデノ随伴ウィルス(AAV)ベクター:
ベクターは、遺伝子修復の鋳型となるテンプレートを細胞内に導入する役割を持つ。AAVベクターはマウス・ヒトHSCで遺伝子修復に広く用いられる。
- 詳細は以下のファイルをご覧ください。
リリース文書