トップページ > 企業・研究機関の方へ > 注目研究情報 > ヒトES/iPS細胞から高機能性褐色脂肪細胞の作製に成功

疾患制御研究部の佐伯久美子室長らのグループは、ヒト胚性幹(ES)細胞およびヒト人工多能性幹(iPS)細胞から、9割以上の効率で高機能性褐色脂肪細胞を作製することに成功した(図1から2)。当該技術は国際特許出願中であるが、本年9月に西尾美和子研究員を筆頭著者とする原著論文がCell Metabolism誌に掲載された(Cell Metabolism 16:394-406, 2012)。また本年10月に開催された第33回日本肥満学会(10月11日から12日、京都)では、西尾美和子研究員の発表がYoung Investigators Awardを受賞した。

高機能性褐色脂肪細胞を作製することに成功した1 

 高機能性褐色脂肪細胞を作製することに成功した2

褐色脂肪細胞は、過剰に蓄積されたエネルギーを燃焼する「熱産生型脂肪細胞」または「やせる脂肪細胞」として知られている。齧歯類などの小動物に豊富に存在するが、ヒトを含めた大型ほ乳類では胎児期から新生児期しか存在しないと考えられてきた。しかし2009年にヒト成人での存在を示唆する報告が相次いで提出されて以来、肥満やメタボリックシンドロームの治療開発に向けた新規治療標的として世界中から注目されている。しかし倫理的課題および技術的課題からヒト生体からの検体入手は不可能である。また褐色脂肪組織の脆弱性によりマウスにおいても機能を保持した状態で十分量の検体を得ることは極めて困難である。このため移植実験の成功例は論文報告がなく、褐色脂肪細胞の代謝改善作用に関する直接証拠は得られていなかった。しかし今回、ヒトES/iPS細胞から作製した褐色脂肪細胞を用いることでマウスへの移植実験に成功し、世界で初めて褐色脂肪細胞の脂質・糖代謝改善作用の直接証拠が提示された。

ヒトES/iPS細胞から褐色脂肪細胞を作製するにあたり、遺伝子導入操作は一切行っていないことは注目すべき点である。即ち、当該技術は、遺伝子導入による強制的形質転換ではなく、汎用の培養技術(浮遊培養と接着培養からなる二段階培養法)に基づく分化誘導法であるため、生体における自然な褐色脂肪細胞の分化過程の研究に使用できるというアドバンテージがある。現在、佐伯らのグループは、未踏襲領域として残されている「褐色脂肪細胞の初期分化過程」に関する研究を推進しており、肥満・メタボリックシンドロームに治療開発に向けた新しい創薬標的分子を探索中である。

今回の褐色脂肪細胞作製の成功の鍵は、培地に添加する独特な「サイトカインカクテル」にある。というのも、当該技術はヒトES/iPS細胞の血球分化に関する研究過程でセレンディピティ的に発見されたものであったのである。このことは褐色脂肪細胞と造血の「予想外の関連性」の発見にも繋がり、上記Cell Metabolism誌においてPreview記事としても取り上げられた(Cell Metabolism 16, 288–289, 2012)。

ヒトES/iPS細胞から作製された褐色脂肪細胞は、βアドレナリン受容体作働薬(イソプロテレノール, CL316,243)により酸素消費量が増大するなどインビトロ試験において高い機能を発揮するのみならず、マウスへの移植実験においては、βアドレナリン受容体作働薬投与に伴う移植部の皮膚温上昇(図3)、空腹時の血糖値と中性脂肪値の低下、経口油負荷試験での耐脂能の向上(オリーブ油負荷後も血中の中性脂肪値が上昇しない)、経口糖負荷試験での耐糖能の向上(ブドウ糖負荷後の血糖値はコントロールマウスの6割程度にとどまる)をもたらした。また、ヒト白色脂肪細胞(皮下脂肪余剰エネルギーを蓄積する脂肪細胞)の移植により生じる耐糖能障害を正常化させる作用を発揮し(図4)、肥満に伴う糖代謝異常に対する治療効果が示唆された。また今回使用したヒトiPS細胞株は、ディナベック株式会社(茨城県つくば市)との共同研究にて、染色体へのベクター挿入が起きないセンダイウイルスベクターを用いて作製し、さらに細胞からベクターを除去することにより樹立された安全性の高い株であること、また分化培養においては異種動物細胞や動物血清等を一切使用していないこと、は今後臨床応用を考える上で大きなメリットとなる。

 マウス移植実験1

 マウス移植実験2

褐色脂肪細胞は、抗肥満や代謝改善に寄与するのみならず、レプチン(白色脂肪細胞から分泌され視床下部で機能する食欲抑制ホルモン)が脳で正しく機能する上でも必須であることが示されている。さらに褐色脂肪細胞が発揮する一連の機能は、エネルギー消費能(熱産生能)だけでは説明できず、褐色脂肪細胞が分泌する「未同定のホルモン」が関与していることが想定されている。これらを受けて同グループでは、ヒトES/iPS細胞由来褐色脂肪細胞を用いて「新規代謝改善性ホルモン」の探索に向けて研究を展開している。

当センターで開発されたヒトES/iPS細胞由来褐色脂肪細胞技術は、肥満・メタボリックシンドロームの治療開発に向けた創薬研究と細胞療法開発のための強力なツールとなる。今後は基礎研究を推進するとともに、将来的な臨床治験の実施に向けて、多施設との連携を組んで研究を展開していく計画である。

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