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原発性胆汁性胆管炎のゲノムワイド関連解析
― 国際メタ解析による新規疾患感受性遺伝子と治療薬候補の同定 ―

2021年6月18日
 長崎大学
京都大学
長崎医療センター
 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター
独立行政法人国立病院機構本部
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構

今回の成果

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科の中村 稔教授(長崎医療センター客員研究員)のグループ(日本人PBC-GWAS consortium)とイギリスのケンブリッジ大学George Mells博士のグループ(UK-PBC consortium)は、「PBC-GWAS国際共同研究(参加国:イギリス、イタリア、カナダ、米国、中国、日本)」に登録された原発性胆汁性胆管炎(primary biliary cholangitis: PBC)(*1)患者10,516症例とコントロール 20,772例のゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study: GWAS)(*2)データを用いて国際メタ解析(*3)を実施し、新規疾患感受性遺伝子(*4)領域21ヵ所を含む計60ヵ所のPBC疾患感受性遺伝子領域を同定することに成功しました。

新たに同定された21ヵ所の疾患感受性遺伝子座の中には、FCRL3(*5)、INAVA(*6)、PRDM1(*7)、IRF7(*8)、CCR6(*9)などの免疫反応に重要な役割をもつ遺伝子が多数含まれており、PBCの発症に様々な免疫担当細胞(樹状細胞、マクロファージ、T細胞、B細胞)の活性・分化経路が関与していることがあらためて示されました。また、疾患感受性遺伝子領域には異なる集団(人種)間において一致率約70%とある程度の相違はあるものの、PBC発症に関わる遺伝子構造や疾患発症経路は異なる集団間で共通しており、TLR-TNF signaling(*10)、JAK-STAT signaling(*11)細胞のTFH, TH1, TH17, TREG細胞への分化経路(*12)やB細胞の形質細胞への分化経路(*13)がPBCの発症に重要であることが明らかとなりました。

また、これらのGWAS情報を用いたin silico drug efficacy screening(*14)により、既存の薬物の中からPBC治療への再利用が期待される薬物候補として、免疫療法薬(i.e. Ustekinumab, Abatacept, Denosumab)(*15)、レチノイド(i.e. Acitretin)(*16)、フィブラート(i.e. bezafibrate)(*17)などが同定されました。一方、PBC治療の第一選択薬として広く使用されているウルソデオキシコール酸(*18)は、このスクリーニング方法では薬物候補としては選択されず、GWASの結果から推定される上記疾患発症経路とは異なる経路上の標的に作用している可能性が示唆されました。

本研究の意義

欧米人とアジア人を含めたPBC-GWASの国際メタ解析の報告は世界で初めてであり、同定された疾患感受性遺伝子領域も60遺伝子領域と世界最大となります。また、大規模なGWAS情報が疾患発症経路の同定に有用であるだけでなく、治療薬候補の同定にも有用であることがPBCにおいて初めて示されました。今後は、本研究で得られたデータを用いて、疾患感受性遺伝子を介した疾患発症の分子機構の解明がすすむとともに、ウルソデオキシコール酸やベザフィブラート治療に抵抗性で肝硬変、肝不全に進行する症例に対する新しい治療薬が開発されることが期待されます。

背景

原発性胆汁性胆管炎(primary biliary cholangitis: PBC)は、中年女性に好発する胆汁うっ滞性の肝疾患(患者総数は全国で5-6万人と推定)で、進行すると食道静脈瘤、腹水、黄疸、脳症などが出現して肝不全となり、肝移植しか治療法がない難病です。ウルソデオキシコール酸やベザフィブラートの内服により、多くの症例で進行を抑えることが可能となってきましたが、現在でも、約10 %の患者さんは治療抵抗性で肝不全に進行しています。胆汁酸毒性や自己免疫的機序によって肝臓内の小さな胆管が破壊されることが主な病因と考えられていますが、未だその詳細は明らかになっていません。

PBC患者同胞や一卵性双生児の疫学的研究から、PBCの発症には強い遺伝的素因が関与することが以前から示唆されていましたが、2005年ころから健常者群と患者群の遺伝子多型を網羅的に比較する手法(ゲノムワイド関連解析(genome-wide association study: GWAS)が確立・普及して、PBCにおいても個々の遺伝的素因(疾患感受性遺伝子)の探索が可能となりました。欧米、日本、中国においても、これまでに各集団で独立してPBC-GWAS研究が行われ、2020年末までに、世界で約40ヵ所の疾患感受性遺伝子領域が同定されていました。

検体収集と遺伝子解析

日本人PBCの患者検体(末梢血)、患者情報は、国立病院機構肝ネット共同研究に参加の32施設、厚生労働省科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業 難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究班および全国の大学病院35施設から代表研究者の中村 稔(長崎大学大学院教授/長崎医療センター客員研究員)が収集しました。日本人の遺伝子解析は、東京大学人類遺伝学教室(代表:徳永勝士教授(当時))、国立国際医療研究センター(代表:徳永勝士 ゲノム医科学プロジェクト長)、京都大学(代表:長崎正朗 学際融合教育研究推進センター・ゲノム医学センター 特定教授)が担当しました。国際メタ解析は、イギリスのニューキャッスル大学(代表 Heather Cordell 教授)、ケンブリッジ大学(代表 George Mells 博士)と我々日本人のグループが中心となって、世界6か国の共同研究として実施しました。

研究費・研究支援

  1. R2-R4年度 国立病院機構共同臨床研究(代表:中村 稔)
    研究課題名:原発性胆汁性胆管炎の新しい病型分類と創薬のための長期観察研究
  2. H29-31(R1)年度 文部科学省科学研究費基盤研究(B)(17H04169)(代表:中村 稔)
    研究課題名:原発性胆汁性胆管炎の発症と重症化機構解明のためのGWASを基盤とした統合解析
  3. H29-31(R1)年度 国立病院機構共同臨床研究(代表:中村 稔)
    研究課題名:原発性胆汁性胆管炎の発症と重症化機構解明のための多施設共同研究
  4. H26-28年度 文部科学省科学研究費基盤研究(B)(26293181)(代表:中村 稔)
    研究課題名:原発性胆汁性肝硬変の疾患感受性遺伝子による病態の解明と新しい分子標的治療法の開発
  5. H28-R2年度 日本医療研究開発機構(AMED) ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業・先端ゲノム研究開発(GRIFIN)「日本人大規模全ゲノム情報を基盤とした多因子疾患関連遺伝子の同定を加速する情報解析技術の開発と応用(研究開発代表者:徳永勝士);JP19km0405205」
  6. H31(R1)-R3年度 日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業・国際的データシェアリングに関する課題解決のための調査研究及び開発研究「クラウド計算環境を利用したゲノム医科学研究の倫理・技術課題の調査と実践(研究開発代表者:徳永勝士);JP20km0405501」
  7. 電算機資源として、学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点の支援「大規模ゲノム情報解析にむけた数値計算技術開発と実装(研究代表者:徳永勝士);190055-DAJ」
  8. 「ハイブリッドクラウド構築とゲノム情報解析の効率的な運用に関した研究(研究代表者:長﨑正朗);jh200047-NWH」

また、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所が有する遺伝研スーパーコンピュータシステム、東北大学東北メディカル・メガバンク機構のスーパーコンピュータを利用しました。

掲載論文タイトルと著者

An international genome-wide meta-analysis of primary biliary cholangitis: novel risk loci and a hierarchy of candidate drugs. Journal of Hepatology 2021
(URL)https://www.journal-of-hepatology.eu/article/S0168-8278(21)00334-2/fulltext

※著者情報は別紙をご覧ください。

用語解説

*1 原発性胆汁性胆管炎(primary biliary cholangitis:PBC)
中年女性に好発する胆汁うっ滞性の肝疾患で、胆汁酸毒性や自己免疫的機序によって肝臓内の小さな胆管が破壊されることが主な原因と考えられているが、その詳細は未だ明らかでない。進行すると肝硬変、肝不全となり、肝移植しか治療法がなく難病に指定されている。

*2 ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study:GWAS)
形質の有無(i.e.健常者群vs患者群)により解析対象群を2群に分けて、遺伝子多型(遺伝子配列の個人差)を網羅的に比較することにより、形質の発現に関わる遺伝的素因(i.e.疾患感受性遺伝子)を同定する遺伝統計学的手法。

*3 国際メタ解析
異なる集団(i.e.人種)で独立して得られた複数のデータを統合して、より信頼性の高い結果を求める統計解析手法。複数の研究での結果が一致しない場合や、個々の研究の標本サイズが小さく有意差を見出せない場合などに有効である。

*4 疾患感受性遺伝子領域
多くの疾患は複数の遺伝因子と環境因子によって発症する多因子疾患と考えられているが、ゲノムワイド関連解析により疾患発症に影響する遺伝的素因(i.e.疾患感受性遺伝子領域)を詳細に同定・解析できるようになり、疾患発症機構の解明や治療標的の同定に利用されている。

*5 FCRL3(Fc receptor like 3)
Bリンパ球、Tリンパ球の活性化・分化を抑制。関節リウマチ、自己免疫性甲状腺炎、全身性エリテマトーデス(SLE)の疾患発症にも関連。

*6 INAVA(innate immunity activator)
マクロファージや小腸の骨髄由来細胞の自然免疫のシグナル伝達に関与。炎症性腸疾患の疾患発症にも関連。

*7 PRDM1(PR/SET Domain 1)
T細胞、B細胞、NK細胞のシグナル伝達に関与する転写因子。炎症性腸疾患、乾癬、原発性硬化性胆管炎などの発症にも関連。

*8 IRF7(interferon regulatory factor 7)
ウイルス感染時やTLR刺激時に速やかにインターフェロンα、βの発現を誘導するために必要な転写制御因子。

*9 CCR6(C-C Motif Chemokine Receptor 6)
樹状細胞やT細胞に発現するレセプターで、マクロファージや上皮から分泌されるサイトカイン(MIP-3 alpha)に反応して、これらの細胞の病変部への遊走に関与。限局性皮膚硬化症の発症にも関連。

*10 TLR-TNF signaling(Toll-like receptor-Tumor necrosis factor シグナル伝達経路)
TLR刺激を介して抗原提示細胞(樹状細胞)が活性化されるために重要なシグナル伝達経路。

*11 JAK-STAT signaling(JAK-STAT シグナル伝達経路)
活性化された抗原提示細胞から分泌されるサイトカインや接着因子の発現によりT細胞が活性化され、さまざまな獲得免疫反応が誘導・進行するために重要なシグナル伝達経路。

*12 T細胞のTFH, TH1, TH17, TREG細胞への分化経路
T細胞が様々な機能を持つT細胞サブセット(TFH, TH1, TH17, TREG)に分化していくための分化経路。

*13 B細胞の形質細胞への分化経路
B細胞が抗原刺激をうけて形質細胞に分化していくための分化経路。

*14 in silico drug efficacy screening
薬剤にある病気を治療する効果がどのくらいあるかを、試験管内の実験や実際に人を用いた実験で評価するのではなく、病気に関連する遺伝子情報や薬物の標的分子の情報、分子間相互作用などを基に組み立てられたネットワーク情報を用いて推定する方法。低コストで実施可能であることから、既存の薬剤の中から、新たな病気の治療薬として再利用可能な薬剤の探索に用いられている。

*15 免疫療法薬
免疫反応経路の中の様々な作用点を抑制あるいは促進する薬。
Ustekinumab:抗IL12/IL23抗体 クローン病、尋常性乾癬の治療薬
Abatacept:IgG1Fc/CTLA4 融合蛋白、関節リウマチの治療薬
Denosumab:抗RANKL抗体、骨粗しょう症、多発性骨髄腫の治療薬

*16 レチノイド
ビタミンA誘導体で、Acitretinは、乾癬の治療薬。

*17 フィブラート
bezafibrateは高脂血症に保険適応のある薬剤であるが、最近、PBCに対する有効性が示され、PBC治療の第二選択薬として使用されている。

*18 ウルソデオキシコール酸
PBC治療の第一選択薬として使用されている親水性胆汁酸。細胞毒性の高い疎水性胆汁酸と置換して、胆汁酸の胆管細胞への細胞毒性を軽減することが主な作用機序と考えられている。

本リリース内容に関するお問い合わせ先

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科肝臓病学講座 教授/
国立病院機構長崎医療センター臨床研究センター 客員研究員
中村 稔(なかむら みのる) TEL:0957-52-3121 FAX:0957-53-6675
E-mail:nakamura.minoru.mz@mail.hosp.go.jp  または nakamuram@san.bbiq.jp

報道に関するお問い合わせ先

長崎大学広報戦略本部 E-mail:kouhou@ml.nagasaki-u.ac.jp  TEL:095-819-2007

AMED事業に関するお問い合わせ先

日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム・データ基盤事業部 ゲノム医療基盤研究開発課
ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業担当
E-mail:genome-platform@amed.go.jpgenome-kokusai@amed.go.jp TEL: 03-6870-2228

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