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新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の細胞内侵入を抑制する薬剤を発見
~COVID-19の重症化治療への適応に期待~

2021年7月1日
帝京大学
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター
東京大学医科学研究所

帝京大学薬学部生物化学研究室講師の林康広と同教授の山下純は、国立国際医療研究センター研究所レトロウイルス感染症研究室室長の前田賢次氏、同センター病院エイズ治療・研究開発センター治療開発専門職の土屋亮人氏、東京大学特命教授で名誉教授の井上純一郎氏、東京大学医科学研究所アジア感染症研究拠点特任准教授の合田仁氏、同特任講師の山本瑞生氏らとの共同研究により、宿主細胞膜の流動性を低下させることで新型コロナウイルスSARS-CoV-2の感染を抑制する薬剤N-(4-Hydroxyphenyl) retinamide (4-HPR)を同定しました。これにより、4HPRは抗ウイルス剤、そしてサイトカインストーム抑制剤としてCOVID-19の重症化治療への適応が期待されます。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の細胞内侵入を抑制する薬剤を発見

研究の背景

新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) は新型コロナウイルスSARS-CoV-2により引き起こされる感染症です。多くの感染者は無症状か軽症で経過しますが、約5%は致死的な急性呼吸促迫症候群(ARDS: Acute Respiratory Distress Syndrome)を発症します。特にARDSは致死率が高いことから、治療方法の開発が求められています。COVID-19におけるARDSはサイトカインストーム(注1)によって生じていると考えられており、ARDSの治療には単に抗ウイルス薬のみでは不十分で、サイトカインストームを抑制することが必要であると考えられています。

研究の概要

新型コロナウイルスSARS-CoV-2は外側が脂質二重膜で覆われたエンベロープウイルスです。
宿主細胞とSARS-CoV-2の脂質二重膜が膜融合することで感染が成立することから、脂質はSARS-CoV-2感染が成立するために必要不可欠な因子であり、脂質代謝酵素は新たな抗ウイルス剤のターゲットになり得ると考えられます。そこで、林講師らの研究グループは、ウイルスと宿主細胞の膜融合を安全かつ迅速に測定できる細胞膜融合アッセイ(参考文献1)を用いて、 SARS-CoV-2 のスパイクタンパク質を介した膜融合を抑制する脂質代謝酵素の阻害剤を探索しました。その結果、ジヒドロセラミドデサチュラーゼという脂質代謝酵素の阻害剤であるN-(4-hydroxyphenyl) retinamide (4-HPR:別名フェンレチニド) で処理した細胞において細胞膜融合が抑制されました。さらに、4-HPRは膜融合のみならず臨床分離したSARS-CoV-2感染も抑制することが分かりました。感染を抑制する機構を調べたところ、ジヒドロセラミドデサチュラーゼを遺伝子破壊した細胞では細胞膜融合が抑制されなかったことから、4-HPRによる細胞膜融合の抑制はジヒドロセラミドデサチュラーゼに非依存的な機構であることが分かりました。
興味深いことに、4-HPR処理した細胞では細胞膜の流動性が低下することが分かり、膜の流動性の低下がSARS-CoV-2感染の抑制に関わっているのではないかと考えられます。

研究の将来性

4-HPRは抗ガン剤としての臨床研究が進んでおり、肺癌、膀胱癌、前立腺癌などの臨床データおよび安全性のデータ蓄積によって、抗SARS-CoV-2剤として早急な実用化が期待できます。そして重要なことは、臨床試験での4-HPRの血中濃度は21μMであり(参考文献2)、私たちの研究成果では 4μM付近でSARS-CoV-2感染を効果的に抑制することから、4-HPRは生体内でもSARS-CoV-2活性を保持することが示唆されました。また、私たちが発見した抗SARS-CoV-2感染作用のみならず、他の研究グループらにより4-HPRはCOVID-19におけるARDSのサイトカインストームを抑制する機能を持つことが示唆されています(参考文献3)。これにより、4HPRは抗ウイルス剤、そしてサイトカインストーム抑制剤としてCOVID-19の重症化治療への適応が期待されます。今後は、SARS-CoV-2感染モデル動物を用いて有効性と安全性を検証し、迅速な実用化を目指します。

用語の説明

(注1)サイトカインストーム:感染に対する体の応答として炎症を誘発します。免疫の暴走により、免疫系細胞から分泌されるタンパク質(サイトカイン)が制御不能な量で放出され、その作用が全身に及びます。その結果、ショック・播種性血管内凝固症候群・多臓器不全にまで進行し、この状態をサイトカインストームといいます。

参考文献

  1. Yamamoto et al. Viruses (2020) 12:629.https://doi.org/10.3390/v12060629.
  2. Maurer et al. Pediatr Blood Cancer (2013) 60:1801–1808. https://doi.org/10.1002/pbc.24643.
  3. Orienti et al. Int J Mol Sci (2020) 21:3812. https://doi.org/10.3390/ijms21113812.

論文掲載

本研究成果は米国微生物学会誌Journal of Virology (オンライン) に掲載されました。

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