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2013年11月14日

糖尿病研究部
上級研究員 後藤 温

箱根山若手会研究奨励賞を受賞してこの度は、私の「観察型研究におけるバイアスにどう対処するか ―重症低血糖と心血管病リスクに関するメタアナリシスの紹介―」という研究テーマに対しまして、栄誉ある第一回箱根山若手会研究奨励賞を頂き、研究所長の清水孝雄先生、副所長の石坂幸人先生、箱根山若手会および関係する諸先生方に心より感謝申し上げます。

私は初期臨床研修中の2005年より、横浜市立大学分子内分泌・糖尿病内科学 寺内康夫教授から内分泌・糖尿病内科学のご指導を頂き、2006年からは国立国際医療センター(現 国立国際医療研究センター)で野田光彦部長のご指導の下、糖尿病を専門とする臨床医としてトレーニングをスタートいたしました。糖尿病は慢性の高血糖を主徴とする疾患で、高血糖が長年続くと糖尿病特有の合併症(網膜症、腎症、神経障害)や大血管症(脳梗塞、心筋梗塞、末梢動脈疾患)の発症・進展が促進されます。最近では、アジアで糖尿病患者が急増しており、糖尿病予防や糖尿病患者の合併症発症・進展阻止が急務となっております。

1990年代のUKPDSやKumamoto Studyなどの臨床試験で、厳格な血糖管理には網膜症や腎症を予防する効果があることが示されておりましたので、私は糖尿病診療を通じて、糖尿病患者の血糖管理には他にもメリット・デメリットがあるのではないかと思い、血糖管理と糖尿病患者の予後に関する臨床研究を行いたいと考えるようになりました。

糖尿病患者の血糖管理には、食事・運動療法のほか、スルホニル尿素薬・ビグアナイド薬などの内服薬やインスリン製剤・GLP-1アナログ製剤などの注射薬を用いますが、スルホニル尿素薬やインスリン製剤には、血糖値が下がりすぎてしまう「低血糖」という副作用があります。他者の助けを必要とするような重度の低血糖は「重症低血糖」と呼ばれ、昏睡や死に至ることもあります。さらに、これらの薬剤は体重増加をきたすことも知られております。これらの副作用は糖尿病患者のQOL低下を招くだけでなく、心筋梗塞などの心血管病や死亡リスクを上昇させる可能性があることが議論されるようになりました。実際、2008年に発表されたACCORD試験では、厳格な血糖管理により心血管病リスクは抑制されず、総死亡リスクが上昇しておりました。現時点でも、厳格な血糖管理により心血管病が予防可能か否かについてはコンセンサスが得られていない状況です。

さて、2008年には野田部長のお薦めにより、臨床研究や疫学研究の方法論を学ぶため米国のUniversity of California, Los Angeles(UCLA)のDepartment of Epidemiologyに留学する機会を頂きました。そこでは標準的な疫学・統計手法による分析のほか、Onyebuchi A. Arah先生やSander Greenland先生から観察型研究で問題となるバイアス(結果が真値から系統的にずれること)に対処するバイアス分析について学びました。2010年に当センターに戻り、学んできたことを活かせるような研究テーマを野田先生や当研究室メンバーと検討いたしました。血糖管理の副作用の一つである体重増加は心血管病の既知の危険因子ですが、重症低血糖が心血管病の危険因子であることは知られていないことに着目し、重症低血糖と心血管病リスクとの関連を解明することを研究テーマとして選びました。

ところで、この研究を進めるにはいくつかの問題点がありました。まずバイアスの少ない臨床研究デザインとして、糖尿病患者を重症低血糖群と非重症低血糖群に割り付けて心血管病の罹患率を比較する、ランダム化比較試験などの介入型研究が考えられましたが、倫理的観点から実行は困難でした。一方で、コホート研究などの観察型研究を行うにしても重症低血糖の発生率は低く、また日本人の心血管病罹患率も低いため超大規模研究でないと十分な検出力が得られない、という問題がありました。そのため、既報の観察型研究を文献検索により網羅的に収集し結果を統合するメタ解析を行うことで、検出力を最大にすることにいたしました。

次の問題点は、観察型研究にはバイアスが存在することが多いため、通常のメタ解析を行うだけでは見かけ上の関連しかとらえられない、という危険性が高いことでした。例えば、重症低血糖群には心血管病のハイリスクとなる重篤疾患をもつ患者が、非重症低血糖群より多いかもしれません。その場合両群の心血管病罹患率を比べても、背景因子が違うため重症低血糖と心血管病との間の見かけ上の関連を観察してしまう(=交絡)ことになります。交絡に対処する方法論は近年発展しており、前述のバイアス分析を用いてバイアスを考慮した解析が可能となっておりましたが、メタ解析におけるバイアス分析の適用についてはその時点では確立した方法がありませんでした。そこで、バイアス分析の専門家であるArah先生にご協力頂き、試行錯誤の末メタ解析にバイアス分析を適用し、重症低血糖と心血管病リスクとの関連をより正確に検討することができました。

メタ解析の結果、約90万人の対象者において重症低血糖は心血管病リスク上昇と関連していることがわかりました。さらにバイアス分析では、併存する重篤疾患が重症低血糖および心血管病リスクと極めて強く関連していない限り、重症低血糖は心血管病リスク上昇と関連することが示されました。本研究結果は、糖尿病合併症予防のための理想的な血糖管理とは、単に血糖値を低下させるだけではなく低血糖などの副作用をできるだけ起こさずに良好な血糖値を維持することである、ということを示唆しております。ただし、本研究で重症低血糖が心血管病を促進することが解明できたわけではありませんので、今後もヒトを対象とした研究結果を注意深く検討していきたいと考えております。さらに、総合的な視点から動物実験やメカニズムに関する研究結果も参考にして評価する必要があり、今後の研究が待たれます。
研究結果

今回このような栄誉ある賞を頂けましたのも、当センター研究所・病院・臨床研究センターにおける多くの先生方と出会えた賜物であると、深く感謝しております。最後になりましたが、本研究を立案・実行するにあたり、野田先生、寺内先生、Arah先生をはじめとする諸先生方から温かいご指導を頂けましたことに厚く御礼申し上げます。

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CASTB
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